ぼそりと聞こえた…、久保田の呟きの意味。
 それは茨の森を抜け出してきた理由を忘れていなければ、すぐにわかる。
 つまり中身の違う人間を学園の外ではなく、学園内で見つけた。
 しかもっ、今ここで!この保健室の中でっ!!!
 灯台下暗しとは、まさにこのことだ。

 ・・・・・・・保健医の三文字。

 しかし、理事長は別人みたいだと噂になっていたが、保健医のことは今まで噂になったことは無い。だから、いつから中身が違っていたのかは不明だ。
 本物の保健医三文字は、髪も雰囲気もボサーっとしている。
 着ている白衣もシワシワだし、とにかくボサーっとしている。
 その姿は保健医というよりもただのくたびれたおっさんだが、真の姿はマッドサイエンティスト…なーんて設定は、過去にも未来にもどこにも存在しないっ。
 それが保健医三文字っっ!
 そして、それ故に影が薄いのが特徴だった。

 「フッ…、別に隠していたつもりはないのだがね。誰にも聞かれなかったので、言わなかったまでだよ」

 余計なお世話だっ、この野郎っっ!
 三文字がこの場に居たら、さすがにそう叫んだかもしれないが、今は嫌な笑みを浮かべた中身の違う保健医しかいない。そして、まだ相浦も知らない事実だが…、実は誰にも聞かれなかった訳ではなく、聞いた人間は真っ青な顏で慌てて保健室から逃げる様に立ち去った後、なぜか口を貝のように固く閉ざしているだけだったっ。
 「実は私は攻めでも受けでもイケる口でね…」
 「…って、誰もんなコト聞いてねぇよっ!つか、攻めとか受けとかってワケわかんねぇしっ、今の話の流れでどうしてそんなセリフになんだよっ!」
 「なら丁度良い、やはり説明のためにも今すぐそこのベッドに」
 「じゃ、身重の妻に変わって俺が…」
 「ふっ…、君なら相手にとって不足はない」

 「ぎゃあぁぁぁぁっ、くぼちゃんに触んなっ!このどヘンタイ保健医っっ!!!」

 逃げ去った生徒…もしくは教師は果たして受けだったのかっ、それとも攻めだったのかっ!受け攻めロシアンルーレットでバッキューンな感じで、相手が久保田の場合は受けなのかっ、攻めなのかっっ!
 どうでも良いような悪いような謎が発生したような気がしたが、フシャァァァっと威嚇するように時任がどヘンタイ保健医の前に立ちはだかり粉砕。しかし、この保健医の中身は一体誰なのかは未だ不明…、少なくともオカマではなさそうである。
 オカマの理事長ではないのなら、あとは小宮信夫くらいしか心当りが無いが、小宮信夫の中の人の話を思い出すとまったくぜんっぜん違う気がする。
 保健医の中身から漂ってくる隠し切れない怪しいというより、いやらしい空気はどことなーく、しつこそうなおっさん臭っ。もしかして、ここの生徒?教師??いやいや違うよっ、もっといやらしい感じだっ!
 しかし、目覚めたばかりの眠りの森の王子である時任に、心当りがあるはずはない。どこかでこんな感じの嫌な感じの男に会った事があるような気もしたが、その記憶はずっと昔の記憶で、室田や橘を見た時のように当てにはならなかった。
 だから、久保田に知ってるヤツかと尋ねてみたが、久保田も知らないなぁと軽く肩をすくめた。
 「中身が違うっていうのは、すぐにわかったんだけどね。理事長と小宮の時と同じで、誰かまではわからないし…、あ、でも何かいやーなカンジしたから、取りあえず時任クンを身重の妻にして牽制はしといたけどね?」
 「けんせいって、何のけんせいだよ!」
 「ん〜、既成事実で虫除け的な?」
 「ワケわかんねぇしっ!」
 久保田の牽制の効果はともかくとして、問題はしつこそうなおっさん臭のする保健医の中身。心当りがなければ、本人から聞き出すしかない。
 聞かれなかったから答えなかったということは、聞けば答えるのかもれないが…、久保田とは違う意味で何かいやーな予感がしてならなかった。
 だがしかし、手がかりがこれしかない以上、聞かなければ先には進まないっ。
 ぶっちゃけ何も聞かずに保健室に厳重に封印したい気分だが、そういう訳で仕方なく聞いた。
 「べつに聞きたくねぇけど、他に手がかりねぇから仕方なーく俺様が聞いてやるから、さっさと三秒以内に答えろ。てめぇは何者だ?」
 「……他に何かもっとこう、聞き方はないのかね?」
 「ねぇよ、んなモン」
 「すいませんねぇ。ウチの妻、身重なもんで」
 「ってっ、いい加減、てめぇは身重から離れやがれ!」
 そんなイチャイチャしているようにも見える二人のやりとりを聞いていたしつこいおっさん臭のする保健医は、嫌味な仕草でやれやれと肩をすくめる。そして、口元に浮かべた笑みを深くすると、自分が何者かは名乗らず、やけに親しそうに久保田君…と呼んだ。
 「別に聞きたいと言うなら、名乗ってもかまわないが…、君は聞くまでも無く良く知っているのではないのかね?」
 「知ってるって、何を?」
 「私の名も、私が何者であるかも」
 「さぁ?そう言われても心当りありませんけど?」
 「ならば、胸に手でも当てて聞いて見るといい…。いや、そろそろ思い出したまえ。君の飼い主が、本当は誰なのかを…」
 「………」
 保健医の意味不明な発言に、時任がなにワケのわかんねぇコト言ってやがんだっっと、猫パンチならぬ王子様パンチを喰らわせてやろうと拳を握りしめる。しかしっ、その拳を振り上げるよりも早く、バターンと勢い良く保健室のドアが開け放たれた!
 何事だっと時任がドアに視線を向けると、そこには寮長であり理事長代理でもある松本と、同じく寮長であり理事長代理補佐でもある橘が…と思いきや!
 予想外なことに、今、授業中であるはずの室田と松原が立っていたっ!

 「まさかと思っていたが…、本当だったのか」
 「当代ホモ暮らしというのは、本当だったのですね」

 魂ハジキの件で不信感が生まれたのか、王子と騎士だった関係はどこかぎこちなくなっていた。そのせいか、相浦のように茨の森にある家に来ることもなかったので、こうして室田と松原と顏を合わせるのは久しぶりだった。
 しかし、い、いや…、当代ではなく灯台で、ホモは暮らしていないと思うが…、という室田の更なるボケなのか、ツッコミなのかわからないセリフは相変わらずだが、どこか様子がおかしい。
 ま、まさか橘の毒牙…、ではなく色香に迷って…っ!いやいや、松原はあの調子だし、そんな松原に一途な室田に限って、それはないだろう。橘といえば、何でも願いを叶えてくれるという宝物のことも頭を過るが、この二人に限ってはそれもない。
 だったら、なぜそんな敵意に満ちた目で、こちらを見ているのか?
 不審な松原と室田の様子に、時任は反射的に軽く身構え、久保田は視線だけをドアへと向けた。

 「くぼちゃん…」
 「その心配はなさそうよ?」

 時任が聞くまでもなく、久保田がそう答える。
 まさにそれは飼い主と犬というより、夫婦の会話…っというのは言い過ぎだが、とりあえず時任の心配は杞憂だったようだ。
 松原と室田は、魂ハジキの被害に遭ってはいない。
 見た目通り、外見も中身も松原と室田だ。
 でも、久保田の言う通りだとするなら、こちらに敵意を向けているのはなぜなのか?二人とは三角関係でも四角関係でもないし、久保田に至っては時任の胸を揉み育てることしか考えていないっ!…たぶん。
 そのため、時任は反射的に身構えはしたが、なんでだと尋ねようとして口を開く。しかし、その口がおい…と言う間もなくっ、三角関係でも四角関係でもないはずの二人が時任と久保田の間に切り裂くように割って入ってきたっっ!!!

 「もう大丈夫だぞ、時任」
 「そうです、僕たちが来たからにはもう安心です」
 「だ、大丈夫とか安心とかってっ、くぼちゃんのセクハラは今更だし、胸揉まれてもそこまでするほどのモンじゃ…」

 毎日毎日、胸を揉み育てられた時任にとって、それはすでに普通で日常。
 久保田の日々の積み重ねの真の成果がっ、今っ、ここにっ!!!
 …というのはさておき、時任を背に庇い守るようにして立った室田と松原は、まるで親の仇でも見るかのように久保田と保健医を睨みつけている。
 そう…、実は二人が睨みつけているのは、久保田だけではなかった。

 「今は授業時間のはずだが、体育で怪我でもしたのかね?」

 この状況に少しも動じた様子もなく、保健医がそう尋ねたが、室田と松原は相手のペースに乗るまいとするかのように何も答えない。
 唇に嫌な笑みを浮かべた保健医と、睨みつけ身構える二人。
 そして、そんな三人に自分の意思とは無関係に、切り裂かれた久保田と時任。
 なんだっ、一体何なんだっ、この展開っっ!
 ちょっと待てよっ、つーかっ、どうなってんのか説明しやがれっっ!!!
 そう叫びたかったのは時任だけではないかもしれないが、久保田が一歩前に踏み出すよりも早く、室田は背後にいる時任を抱え上げると保健室の外へと走り出した。

 「うわっ!、ちょ…、何すんだよっ、室田っ!放せよっっ!」

 すぐに久保田も後を追おうとしたが、時任の間を切り裂く新たなる人物の登場により、それが出来なくなる。その人物とは言わずと知れた寮長コンビ…、そして橘の色香に迷ったわけではないが、別の理由で室田と居残った松原も寮長側についていた。
 「実は前からずっと不思議に思っていたんですよ…、貴方の存在について。だから、理事長の権限を利用して貴方の記録を調べながら、茨の森に閉じ込めて様子を見ていたんですよ…、貴方が尻尾を出すのを期待して」
 「俺の尻尾は時任にしか見せないって決めてるし、その話、三十秒以内に終わらないなら、強制終了させてもらうけど?」
 「それは自分の罪を、自ら認めるということですか?」
 「俺の罪?」
 「……貴方は能力を認められた奨学生である西風寮の住人でありながら、留年も退学も恐れず、いつもろくに授業にも出ずに校内をうろついていた。まるで、何か探し物でもしているかのように…」
 「………」
 「貴方が茨の森に入ったり王子様を連れ出したりしたのも、実は偶然でも気まぐれでも無い。貴方は最初から、それが目的でここへ来たんですよ…、そうでしょう?」

 …………王子様ではなく、何でも願いが叶う宝物を狙って。

 橘がそう言い終えると、保健室にくくく…っとたまらないと言った風な笑い声が響く。でも、それは久保田の笑い声ではなく、久保田の赤い首輪に続く見えない手綱でも引くように、くいっといやらしい仕草で指を曲げた保健医だった。

 「いつまでたっても帰って来ない犬を迎えに来てみれば、このザマだが…、思いの他、なかなか楽しい学園生活だったよ」

 このザマとはどのザマなのかっ、男子高生を喰いに喰いまくったヘンタイ保健医の名は真田。その名を聞いた瞬間、橘と松本はわずかに驚いた様子をみせたが、見えない手綱をいやらしく引かれた久保田はきょとんとしていて真実は未だ行方知れずっ。
 疑っていたはずが逆に疑われた上に、真田の登場で疑惑の霧は濃くなりっ、いきなりさらわれた王子様の叫び声は学園中に木霊していた!


 「だーかーらっ、なんだってんだよっ!誰か説明しやがれぇぇぇっ!!!」



                                         2013.9.28

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