「こっちからは誰も来ないみてぇだけど、そっちは?」
 「こっちも同じく」
 「よっし、そんじゃ行くぞっ、くぼちゃん」
 「わん」

 ここは茨の森ではなく、只今、寮長コンビが絶賛支配中の学園内。
 付けられた首輪のせいで、ついわんと吠えてしまう呪いにかかった…、
 なーんて訳ではまったく全然無いはずなのだが、うれしそうに自ら首輪をつけられたままでいる久保田の心は、すでに番犬!
 いや、もともと番犬だったような気もするが、首輪の効果は絶大で誰の目から見ても番犬…というよりも変態にしか見えなかったっ!

 ふふふ、思った通り良くお似合いですよ。

 そんな怪しい囁きが聞こえたような気がしなくもないが、久しぶりに茨の森の出てご機嫌な時任と、時任に首輪で拘束されて上機嫌の番犬久保田にはそよ風程度。さてさて、これからどうしよっか?どうしてやろうか?
 なーんて、それぞれ目的は違えどヤる気十分な二人にとっては、前に立ちふさがる予定があるかもしれない敵も朝飯前、いや昼飯前かもしれない。
しかし、予定はあっても実際に立ちふさがってくれなきゃ倒しようもないわけで、とりあえず予定通り何か知っていそうな中身が違う人物を探す旅に出ようとした…が、しかしっ!敵は立ちふさがらなかったが、文字通りの壁が二人の前に立ちふさがっていた。
 「壁は壁でも性別とか貧乳とかじゃなくて、物理的にね」
 「一体誰に向かって言ってんだよっていうか、何の話だよっ」
 「俺らの愛の行方?」
 「あ、あいとかって、ワケわかんねぇしっ!」
 「そう?わからないなら…、今から実践で」
 「誰がさせるかぁぁっ!」

 ばきぃぃぃぃっっ!

 飼い主の教育的指導が番犬にさく裂したが、無事に侵入を果たした学園内の廊下に人影はない。それもそのはず、今は授業中だった。
 教師が通りかかる可能性はあるが、今なら誰も見ていない。
 チューしようと貧乳を揉みしだこうと、今なら誰も見ていない。
 故にあーんなことやこーんなことまで、何でもやりたい放題っ、し放題っ!
 だがしかしっ、そんな番犬の欲望よりも、今は立ちふさがる壁が最優先。
 このまま欲望に身を任せたり溺れたりしていると、茨の森での監禁生活が続くことになる。久保田にとっては願ったり叶ったり、ベツにそれでもいいけど…な状態だが、時任にとってはそんな生活もう一日でも耐えられっかよ!…な状態だ。
 「お前が望むなら何だってやるし、どこへだって…、ね」
 「今、何か言ったか?」
 「いんや、なんでも?」
 二人の前に立ちふさがってる物理的な壁。それは茨の森だけではなく、学園の敷地も含めて包み込むように取り囲んでいる壁のことだ。
 しかも出入り口は一つしかなく、常に学園が雇った警備員がいて、外出届を発行できるのは教師のみ。相浦情報によると学園の教師は全員、理事長代理の背後に控える見目麗しい補佐の言いなりらしい。
 それは相浦情報がなくとも、松本が代理とはいえ理事長の椅子に座っていることからもわかる。何をどうやって教師たちを納得させたのかは、橘の妖しい微笑みとか室田をも責めてみせると豪語した唇が知っているのか知らないのかっ、
 とにかくもかくにも最悪の状況で、学園の外に出るのは当たり前だが非常に困難なのは確かだった。
 「うーん、とりあえず爆破してみるとか?」
 「とりあえずで爆破すんなよっ!」
 番犬の危険発言に飼い主としてさすがにツッコんだ時任だが、このままでは爆破はしないまでも強行突破しかないのかもしれない。
 でも、そうすると当たり前に完全にタヌキさんとキツネさんにバレバレ。失敗して連れ戻され、今より更にハードな二人きりの監禁生活が待っているくらいなら、番犬的にはおいしい展開だが、室田をも攻める攻め攻めしい橘を相手に、そんなあまーい展開を夢見ていると、うっかり気づけば尻が危ない。
 危険回避のためにそっと相浦の尻でも差し出したい気分だが、ふと…、ある事を思い出した久保田によって、それはとりあえず回避された。

 とりあえずって何だよっっ!!!

 またどこからか囁きではなく、心の底からの涙と叫びが聞こえたような気がしたが、王子様一行は手投げ弾のある寮ではなく、保健室に向かって歩き出す。
 え、まさか今更ほぼ治った怪我の治療に?…なんて訳では当たり前になく、もちろん久保田が思い出したことを実行するため。
 怪我や病気の場合は、保健医の判断で街の病院に行くためにすぐに外出届を発行することができる。寮長コンビの耳に入って止められるか、それとも緊急事態で発行してもらえるか…、これは賭けだが試す価値はありそうだった。
 「いっか、もっかい確認としくけど、俺が腹痛でくぼちゃんが付添いな? ヤバくなったら、速攻で逃げっぞ。ここで捕まっちまったら、元も子もねぇからな」
 「ほーい、了解」
 速攻逃げた場合の行く先は寮なのか茨の森なのかっ、それは謎だが保健室の前で交わした二人の瞳がキラリと光る!
 いくぞっ、くぼちゃんっ。
 いくよ、ときとう。
 それはいいけど、首輪外してけよっっ!!!
 最後のツッコミは一体誰の心の叫びなのか、ガラリと開けたドアの向こうには三文字という名の保健医。きっちりとしたストライプのスーツに白衣を羽織り、髪も前髪を後ろへ流してきっちり整えた三文字は、机に向かって書き物をしていたが、保健室に入ってきた久保田と時任に気づくと、座っていたイスをクルリと回して振り返った。

 「確か今は授業中のはずだが、どうかしたのかね? 体育で怪我をしたといった風でもなさそうだが?」

 そう言った三文字の唇には、なんだかものすごーく嫌な笑みが浮かんでいる。
 思わず、このやろうぅぅぅっとか叫びたくなる笑みだ。
 しかし、目的のために時任は拳をぐぐっと握りしめ、軽く呻きながら腹を押さえて腹痛を訴える体制に入るっ!
 センセー、マジで腹痛ぇんで…、外出届出してくんね?
 今すぐ行かねぇとマジで、ほんっとマジでヤバイんで!
 そんなセリフを言葉ではなく瞳で訴えつつ、付添っている久保田のフォローを待つ。そうして、一人じゃ行けない無理ということで、何とか二人で一緒に外出できる流れに持って行くつもりだった。
 けれど、だがっ、しかーしっっ!!!
 その流れに持ってもっていってくれるはずの久保田の一言で、すべてが台無しになった。
 「身重の妻が産気づいたので、今すぐ病院に行かせてもらっていいっスか?」
 「うぅぅ、そうなんだよ…、俺、ミオモで産気づいてて…って、誰がミオモで産気づいてる妻だぁぁぁっっ!!!」
 「誰がって、お前が?」
 「んなワケねぇだろっ!!!俺はオトコだぁぁぁっっ!!!」

 終わったっ、もう終わったっっ、マジでオシマイだぁぁぁっ!!!

 せっかく立てた作戦も夫婦ゲンカではなくっ、番犬の問題発言であっという間に木っ端微塵!こんな事なら、腹に枕でも詰めてくりゃ良かったってっ、そんなんで誤魔化せるかぁぁぁぁっっ!!!…なんて、産気づいてはいないはずだが混乱のあまり心の中で時任は叫びまくるっ!
 こうなったら、もう退散しかないっ!逃げるっきゃないっ!!
 ダッシュで寮に戻って、手投げ弾で爆破だぁぁぁっ!!
 そんな身重の妻の心の叫びに、夫は大丈夫?お腹の子にさわるよと心配そうな顔をする。すると、妻はざっけんなよっと声に出して叫びかけたが、それよりも早く嫌な笑みを浮かべた保健医が動いた。
 「産気づいているなら大変だ。すぐに服を全部脱いで、そこのベッドに横たわりたまえ、私が優しく診察してあげよう」
 「えっ、はぁ?!」
 「君は何も心配しなくてもいい。ここで丈夫で元気な…、私の子を産みたまえ」

 「なっっ、なに言ってんだっ、てめぇっ!」

 さぁ、服を脱いでベッドへ…と夫の目の前で身重の妻に迫りくる保健医っ!
 ファンタジーでもホラーでもないっ、この修正音を響かせたい展開に時任はじりじりと後ずさるっ!よくわからないけど、俺様ピーンチっ!!!
 しかし、いきなり18禁に突入かと思われたが、この展開を黙って見ているほど、首輪付きの番犬…、夫の心は広くは無い。保健医の人差し指が飼い主、妻である時任に触れる寸前、久保田が素早く腕を伸ばし腰を抱いて自分に方へと引き寄せた。
 「ウチの妻に触らないでもらえます? 身重なんで」
 「私は保健医だが?」
 「外見だけはね?」
 「・・・・・・・・」
 久保田の胸へ顏を押し付けるように引き寄せられた時任には、そんな会話を交わした二人の顏は見えない。けれど、二人の間を流れる空気が、緊張でピキーンと凍りついたのを感じる。
 なんだ…、何かヘンだぞ…。
 時任がそう思った瞬間、久保田がぼそりと小さく呟く。
 そのセリフを聞いた時任は、思わず大きく目を見開いた。

 「・・・・・・みぃつけた」


                                         2013.9.8

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