……魂ハジキ。 橘命名のソレは小宮信夫の中の人によると、身体から身体へと魂が移動するという摩訶不思議怪現象らしい。しかも、この現象は迷惑極まりないことに、ただぶつかっただけという、お手軽簡単な方法で起こる。 つまりそれが本当ならばぶつかればぶつかるほど、魂は移動して中身が入れ替わり、誰が誰だかわからなくなり大混乱! オカマが男子高生だったり、男子高生が新しい世界の扉を開けちゃったりもする。そんな危険なのかどうなのかわからない状況が事実なのか、それとも単なる思春期の甘酸っぱい妄想なのかっっ! あれから、とりあえず小宮信夫の中身を除く全員で探索したが、可愛い子犬を飼っていそうな白い小さな家には、王子様の存在や魂ハジキについて証明する手がかりになりそうなものは何も無かった。 ついでに言うなら小宮信夫と理事長の魂を宿した身体も、寮長コンビが現在も捜索中らしいが、未だ見つからないままらしく…、 そして、更についでに言うなら…、言ってしまうならっっ、 それから、一週間が過ぎてしまっていたっっ!!! オカマだが偽物の理事長不在は、病気で療養中とウソをつき。 その代理として理事長の椅子に座っているのは、なぜか寮長松本。 つまり今現在、学園の運営は松本がやっている。 そして、そんな松本に、え…、なんで?とか言ってしまったうっかりさんは、白薔薇姫のこの世のものとは思えないほどの極上の微笑みを見ることができるらしい。 ちょっと向こうの部屋で、僕と二人きりでお話でもしましょうか? えっ、いや、あのっ、それはうれしいんですが、じ、実はちょっと用事がっ。 まあまあそう遠慮なさらずに、さぁ…。 けど、さっきから向こうの部屋から何者かの叫び声がっっ! ふふふ…、気のせいですよ。 き、きのせいって、そんな…っっ、ぎゃああぁぁっっっ!!! こんなこんなで微笑みを見たが最期、二度と見ることは出来ないらしいが。 それはそれでまぁいっか…と思えるくらいには、たぶん平和な一週間…、 「だったわきゃねぇだろっっ!!!」 いつものように久保田からの目覚めのひと揉みにならぬ、目覚める前からの数えきれない揉み被害に遭いながら時任が全力でそう叫ぶ。だが、用事があって白い小さな家まで二人を起こしに来た相浦は、それを眺めただけでツッコまなかった。 あー、もうアレだよなぁ。 一週間も見続けてれば、もしかして実はフツーなんじゃね? とか思えてきちまうから、不思議だよなぁ。 っていうか、ぶっちゃけもう男が男の胸揉んでてもフツーだろ? そうだよ、フツーだって思えばさ、どうってコトねえじゃん! 男が男の胸揉んでてもフツーフツー、ぜんっぜんフツー。 あっはっはっはっ! 心の中でそう呟く相浦は、バカップルを一週間も見続けてしまったために腐った魚のように目が死んでいる。そして、そんな相浦を見た久保田の口元には、勝者の笑みが浮かんでいた。 「何事も日々の積み重って、ホント大事だよね」 「って、日々何を積み重ねてんだよ、てめぇは!」 「うーん、時任クンへの愛?」 「とか言いつつ、いつまで揉んでんだよっ、このヘンタイ!」 異常事態も毎日続けば日常風景。つまり貧乳を揉み育てるヘンタイが、ベッドから時任に蹴落とされるのも、すでにありきたりな日常っ。 しかし、そんなヘンタイに犯しつくされつつある日常に抗うように、久保田に監禁されている訳では無いが、それに近い状態の家の中で、時任は勢い良くベッドから起き上がり、うがーっと叫んだ! 「理事長とか小宮の中身が違ったりっ、魂ハジキとかで俺まで疑われてココに住んでたりっって、まぁ、ココに住んでんのはベツにいいけど…ってのは置いとくとしても、このままじゃダメだ!なんかすっげぇむっちゃくちゃダメな気ぃする!!!」 「むちゃくちゃダメって何が?」 「なにがって…、そりゃあ一番ダメなのはてめぇの存在に決まってんだろっっ!いちいちエロかったりセクハラしたり、くぼちゃんのせいで少しも何も解決しねぇじゃねぇかっ!」 ビシィィィ!!!! 犯人はお前だぁぁぁ!っとばかりに、時任の人差し指が久保田に突き刺さる。しかし、ただエロかったりセクハラなだけで、そんな証拠はどこにもなかった。 いやいやいや、何かどこかで黒くて長いモノとか見たような気がっ!!! なーんて気がしなくもないが、それらはすでにその時の相浦の顏と一緒に記憶から抹消済み…のはず。しかし、それよりも今気になるのは、魂ハジキの件で学園内でもどこでも未だに騒ぎが起こっていないという点だった。 食料を持って可愛い子犬を飼っていそうな家に毎日来ている相浦の話だと、自分でも情報網を使って調べてみたが、それらしき情報は何も掴めず仕舞い。理事長を見かけたという人間も、まだ見つかってはいないらしい。 そのため、オカマも謎も未だかくれんぼ状態。鬼さんこちらと呼ばれてはいなくとも、何とか探し出さなくてはならなかったが、しかしっ。 魂ハジキというホラー要素を信じたのか信じていないのか、ここに留まるように命じた寮長コンビだけではなく、松原と室田との関係もどこか少しぎこちなくなってしまっていた。 「でも松本じゃないけどさ、魂ハジキってのはそう簡単には信じられないよな。あれからマジで何か起こったって校内で噂話すら聞かないし…、ぶっちゃけウソじゃないかって思い始めてるんだよな、俺」 やっと遠い世界から戻って来た相浦は、久保田と同室ということもあって松原と室田のようなぎこちなさはない。目覚める前の時任を見ているせいか、王子様についても信じる気持ちが強い様子だった。 そして、そんな相浦の言葉に、時任と久保田は顔を見合わせる。すると、相浦は真面目な顏で考えてもみろよと言った。 「眠りの森の件でメルヘン思考になりがちだけど、冷静になって普通に考えれば魂ハジキなんてあり得ないだろ。未だに理事長が見つからないってのもおかしいし、オカマはオカマでも違うオカマが中に入ってたヤツもいなくなっちまったし…、それ考えると色々疑いたくなるよな」 「橘がアヤシイ…とか?」 「久保田だって、そう思ってんだろ?理事長の行方や小宮のこととかハッキリするまで、ここに残れって松本に言われて何も言い返さなかったのも、だからだって俺は思ってたけど?」 フッ…、隠しても無駄さ、俺にはわかってんだぜ!なんて幻聴が聞こえてきそうな様子で相浦がそう言う。 しかし、時任がそうなのか?と首をかしげた瞬間っ、そんな相浦のノリなのか信頼なのか現実逃避なのかわからないセリフは眼鏡の純情ではなくっ、眼鏡の欲望によって木っ端微塵に打ち砕かれたっっ!!! 「いんや、別にあーんなコトやこーんなコトしたくて、二人きりになりたかっただけだけど?」 「ぶっちゃけすぎだろ!このヘンタイっ!!!」 …で、あーんなコトやこーんなコトはどこまでっっ!? という素朴な疑問は乱れたシーツの上に置き去りに、ペシリと後ろ頭に時任からツッコミを入れられた久保田が、もっと素朴な疑問を口にする。それは寮の部屋にある黒くて長いモノより、忘れ去れかけていたモノだった。 「それはそうと宝物って、一体どこにあるんだろうね?」 「はぁ?タカラモノって、いきなり何だよ?」 「この間、誰かサンがふと思い出した風を装って聞いてったみたいだし…、なんとなく?おとぎ話だと何でも願いが叶うらしいし?」 「そう言えば確かに聞かれたけど、俺は見たコトねぇし。ドコって聞かれたって、何も答えらんねぇぜ?っていうか、くぼちゃんがココに残ったのって、実はソレ探すためだったのか?」 「探してはないけど、せっかく二人きりだしね。もし、ソレがあったら…」 「わぁぁぁあっ!もうソレ以上は言うなっ、言わなくていいっ!」 「そう?」 貧乳を見つめる久保田と宝物については、もはや誰もツッコまないナチュラル変態領域だが、忘れられかけていた宝物の存在に時任はそういえば…と考え込む。久保田が言うように理事長室の窓を突き破って逃亡した日、この小さな家からの帰り際、確かに橘は時任に向かって宝物のことを聞いてきた。 ・・・・・・橘と宝物。 久保田と宝物の組み合わせは変態でしかなさそうだが、この二つの組み合わせは何となく嫌な予感がする。胸を揉まれたことがあるからではないが、同じ寮長でも松本と違って橘は油断ならない何かを感じさせる男だった。 『もしも貴方が本物の王子様だとするなら…ですが、おとぎ話に出てくる宝物を見た事があるんじゃないですか?』 『確かに宝物っていうか、そういうのがあるのは父上から聞いてっけど、俺は一回も見たコトねぇよ。アレは代々の国王しか見れない決まりだっつってたし』 『……そうですか』 『けど、何で今そんなコト聞くんだ?』 『ここは茨の森の中なので、ふと気になって聞いてみただけです。理事長の中の偽物が、茨の森のことを知りたがっていましたからね』 理事長の偽物のオカマは、確かに茨の森のことを知りたがっていた。 しかし、本当にそれは偽物のオカマだけだったのだろうか?そして、橘と松本の登場で曖昧になってしまった小宮がここに居た理由は、一体何だったのだろう? 考えれば考えるほど、橘がとてつもなく怪しい人物に思えてくる。 いや…、良く考えなくても母上と呼ばれて両手を広げたり、松本の尻と引き換えに偽物の書類を作成したり、松本を理事長のイスに座らせたりとかなりっ、すごくっ、とてつもなく怪しかったがっっ。もしかしたらと時任が思わず呟いた疑惑を橘ではなく、久保田があっさりと否定した。 「あぁ、小宮の件だったら自己申告通り、ちゃんと中身違ってると思うけど?もちろん、前から噂のあった理事長もね」 「って、オカマの時も思ったけど、なんでくぼちゃんにそんなコトがわかんだよ。もしかして、前から知り合いとかなのか?」 「いんや、初対面だけど?」 「だったらなんでわかんだよ、知らないならわかんねぇハズだろ?」 時任が言うように、初対面の人間の違いなんてわかるばすがない。 なのに、久保田はうーんと顎に手を当てて考えることもなく、そう言われてもわかるものはわかるんだよねぇと言った。 「理由聞かれても何となくとしか答えられないけど、でもなんでかなぁ、わかっちゃうんだよねぇ中身の違うヒト」 「だったら、他にも中身の違うヤツがいたら、くぼちゃんにはわかるってのかよ?」 「ん〜、たぶん?」 「・・・・・・・・・」 久保田の返事を聞いた瞬間っ、時任の瞳がキラリと光る! そして、一体どこから取り出したのか、なぜ持っているのかっっ、かなり不明な物体をシャキーンと取り出すと久保田の首にガシリとはめたっ! 「やっぱ、こんなトコでおとなしくしてんのは性に合わねぇし、こっから出て疑われたって、理事長の中身捕まえりゃ問題ねぇだろ。つか、この難事件は俺が解決してみせる!うぉぉぉっ、何だかわかんねぇけど、すっげぇ燃えてきたぁぁぁ!」 「いや、うん…、ベツに燃えてても萌えててもいいんだけどね」 「なんだよ?くぼちゃんはまだこんなトコにいてぇのかよ?」 「そーじゃないけど、これはナニかなぁなんて?」 燃えなのか萌えなのかわからない状況に、久保田が思わず自分の首を指差す。すると、時任はまるで久保田専用に作られたかのように、ぴったりと首にハマるそれを見て、あぁ、それな…と今日の天気を話す口調で言った。 「なんだか良くわかんねぇけど、宝物の話をした後に橘が身の危険を感じたらコレ使えってくれたんだよ、すっげぇ良い笑顔で」 ふふふ、庭にでも繋いでおくといいですよ。 そんな橘寮長の麗しい声が聞こえてくるような、こないような気のする朝食時。外に出るからと時任に赤い犬の首輪をハメられた久保田の横顔をうっかりモブになりかけていた相浦がじっと見つめる、すると久保田はうれしそうな顏でぼそりと呟いた。 「用意したのが別人ってのがアレだけど…、まっいっか」 「じゃねぇよっっ!!!!!」 そんな相浦の渾身のツッコミもなんのそのっ、二人は王子様と眼鏡ならぬ王子様と犬状態。王子様と眼鏡から、王子様と犬に進化したのか退化したのかっ! とりあえず、今日の朝食はスクランブルエッグ。 緊急発進はしないが、食べたら理事長の中身探しの旅に出るらしい。 …が、愛と友情と憎しみはともかくとして、疑いは晴れるどころか更に深まりそうな予感が、主に相浦の脳内でしていた。 2013.4.16 ■次 へ ■戻 る |