久保田が王子様を見つけた時、この白い小さな家の中には他に誰も居なかった。 しかし、王子様以外の誰かが居た痕跡は確かにあった。
 衣類や食器や靴や、家の中のあらゆる場所に残された何者かの痕跡。
 眠ったまま目覚めない王子様のお世話をしていたのか、それともあーんなコトやこーんなコトをしていたのかは不明だが、それが学園裏の森を管理していたからといって理事長だとは限らないっ!
 そんなもしかしたらの小宮信夫っ、モブAモブBでもなく、小宮信夫!
 いつから居たのかっ、小宮信夫!
 出て来てしまったら最後、ありとあらゆる疑惑が目白押しっっ!
 …のはずだが、相浦が全世界が滅びたような顔でガックリと床に崩れ落ちた後、小さな家のリビングでは尋問会ではなく、優雅なお茶会が開かれていた。
 「本日のティータイムは、貴方のために取り寄せた茶葉で入れた紅茶と、貴方のために寮のシェフに作らせた野イチゴのタルトです」
 「それは…、食べたり飲んだりしても大丈夫なんだろうな?」
 「もしかして、お疑いですか?」
 「疑われるようなことしかしない、お前が悪いんだろう…、橘」
 「ふふふ、確かに心当りがありすぎるので、少しばかり耳が痛いですね」

 「…って、何でてめぇらがサラっと当たり前みたいにココに居んだよっっ!!」

 ふふふ、野イチゴよりも僕は貴方が食べたいです。
 そんな橘の心の声がだたれ漏れな、お昼時なのになぜかお茶会になってしまった正午すぎ。久保田に憑りつかれたままの状態で、そうツッコんだのは王子様。
 そして、王子様にツッコまれた松本が連鎖反応なのか何なのかっ、やっとっ、ようやく誰もツッコまなかった小宮信夫にツッコミを入れたっっ!

 「……それで、なぜ小宮信夫が増えてるんだ?」
 
 やったあぁぁっ、やっとツッコまれた!ばんざーいっ!!
 も、もしかして俺って、このまま良くてモブ悪くて背景になっちまうんじゃ…とか心配していた小宮信夫は、松本のおかげで全員の注目を浴びて思わず涙目になる。
 けれど、両手を挙げて喜んだのもつかの間っ、襲い来るのはありとあらゆる疑惑の目白押しっ!!!
 あの…、スイマセン、マジでスイマセンなんでっ!
 モブとか背景になっていいっスか?!
 なんて後悔しても時すでに遅しで、特に迫力のある四つの視線を受けた小宮信夫に逃げ場はすでにナシ。理事長のことを知ってると言った口は、恐怖のあまり声も出なくてパクパクとしている。
 しかし、そんな小宮信夫に構うことなく、王子様は素朴な疑問に傾げた。
 「でもさぁ、まだ何も言ってねぇのに、なんでコイツが小宮信夫だって知ってんだ?なんかわかんねぇけど、もしかして寮長ってすげぇの??」
 「いんや、寮長だからっていうより…、ただれてるからとか?」
 「そっか…、小宮信夫を知ってるのはただれてるからなのか」
 「ただれてるからだろうねぇ…、たぶん」

 あぁ、なぁんだ…、ただれてるからかぁ…。

 小宮信夫は確かに小宮信夫だったがっ、それを知っている事実を時任と久保田に妙な方向に納得され、それを聞いていた相浦達も釣られるようにうなづく。しかしっ、たった今五人の脳内でただれたらしい寮長松本は、バーンっと目の前にある机を叩き、座っていたイスから立ち上がった!
 「人聞きの悪い事を言うな!俺は小宮信夫とまで、ただれた覚えは微塵もないっ!」
 「あ…、また自白した」
 「う、うるさいっ!」
 久保田ののほほんとしながらも鋭いツッコミに、思いっきり動揺した松本が無意識に橘とは反対の方向へ視線を泳がせる。すると、そんな松本の背後に守護霊とか背後霊というより、ストーカーのように佇んでいた橘が優しく麗しく微笑みながら、そっと両手を伸ばして松本の肩に置いた。
 「大丈夫ですよ。貴方と誰かをただれさせるなんて、僕が絶対にさせません」
 「…た、たちばな」
 「貴方が僕以外の誰かとただれないように、朝も昼も夜もおはようからおやすみまで、お風呂もトイレもつきっきりで見守ってますから…」
 「い、いや…、やはりトイレだけは遠慮したいんだが…」

 …って、遠慮はトイレだけでいいのかよっっっ!!!!

 そう激しくツッコんだのは、時任の背後に守護霊とか背後霊というより、ストーカーのように佇んでいる久保田以外の全員っ。似ていないようで似ている二人の顔には、同じように眼鏡がかけられていた!

 眼鏡・・・・・、やべぇ・・・・・。

 誰もがそう思ったが一体化しすぎているのかっ、それともすでに空気なのかっっ、眼鏡に憑りつかれた時任本人は周囲の反応に不思議そうな顔でキョトンとしている。そして、同じように眼鏡に憑りつかれた松本も、周囲の反応に不思議そうな顔でキョトンとしている。
 しかし、そんなあまりにも危険すぎる現実を、今にも殺人光線を発射しそうな眼鏡を前に誰も口にすることはできなかったっ!
 「頑張れよ、時任」
 「大変だろうが、気をしっかりな…」
 「今日、会ったばかりでアレだけど、頑張れよ」
 「ガンバってください!」

 「・・・って、何がだよっ!!!!!!」

 皆が額に汗を浮かべて青い顔をしている中、約一名だけ爽やかな笑顔を浮かべてはいるが、そんな面々に本日二度目の励ましを受けた時任は、自分の背後で眼鏡が不気味に光っている事を知らない。
 そんな安全なのか危険なのかわからない状況の中、ようやく本題を話し始めたのは松本ではなく、松本の背後の眼鏡。どうやら松本いわくのエロギツネらしくなのかどうなのか、理事長室に盗聴に行く前から、色々と情報を掴んでいたようだった。
 「実はそこにいる小宮君を、数日前に保護していたんですよ。学園内をうろうろしていた所を、偶然、僕が見つけたので…」
 「へぇ…って、なんでソレを早く言わねぇんだよ!協力の条件とかなんとかで、情報は共有すんだろ?!」
 「僕は得た情報は共有…、と確かに言いましたが。すでに得ていた情報については、共有するとも何も言ってはいませんが?」
 「ぬあにぃぃっっ!」
 そう、つまり橘が時任達に協力する気になったのも、すでに小宮信夫の身柄を確保していて、何らかの情報を得ていたからに過ぎない。エロを抜いてもキツネらしい橘に、ムカっとした時任が飛びかかり襟首を掴もうとした…がっ、そんな時任を背後にいた久保田が腰をいやらしくエロい仕草で抱き止めた。
 「なんで止めんだよっ!」
 「どうせ抱きつくなら、俺に抱きついて欲しいなぁって」
 「ば、バカっ!俺は飛びついて殴ろうとしただけで、抱きつこうとしたワケじゃねぇっつーの!」
 そんな二人の様子を見ていた松本でも橘でもなく、相浦は生ぬるい笑みを浮かべながら思った。
 王子様とか理事長の謎がどうとかより、目の前のバカップルが二組もいるのをどうにかしてくれぇぇぇっ!帰ってこいっっ、俺の平和な日常ぅぅっ!!
 しかし、どんなに心の中で叫んでも、男が男の胸を揉まない相浦の日常は帰っては来ないっ。そして、同じように生ぬるい笑みを浮かべながら、時任と久保田の様子を眺めていた小宮信夫と目が合い思わず軽く握手を交わした。
 「お互い苦労するな、小宮信夫」
 「そうだな、ちっこいヤツ」
 「…って、誰がちっこいヤツだっっ!」
 握手を交わした瞬間、消し飛ぶ素敵な仲間意識。
 そんな二人を眺める室田はオロオロと立ち尽くしているし、松原は仲良きコトは持って三秒ルールですねっとか、まるで落とした食べ物のような訳のわからない事を言っているしっ、何も進展しない、いつまでも収拾しない素晴らしき、この現状っ!
 しかし、まだまだ続くと思っていた現状は、小宮信夫の一言によって撃破された。
 「俺が校内をうろついてた理由、さっきから誰も聞かねぇし、ちっとも話が先に進まねぇから自分で好き勝手に言うけど。俺…、実は小宮信夫だけど、小宮信夫じゃないんっスよね」

 『ぬあにぃぃぃぃぃ…っっ!!!!』

 あれだけ小宮信夫と連呼されておきながら、小宮信夫は小宮信夫ではない。そんな新たな新展開なのか、それとも単なるフェイントなのかわからない事実に、時任と相浦が同時に叫ぶっ!
 しかし、本当に外見のみが小宮信夫で、中身は違う人物らしい。そして、校内をうろついていたのは小宮信夫の中にいる人…、つまり中の人がこの学園の生徒だからである。
 中の人の言う事を信じるなら、こんな事態になったのは、そもそも学園内の廊下で理事長にぶつかった事が原因。ぶつかった…と思った次の瞬間、自分以外の何者かが自分の中にいてっっ!

 『アンタはウチの生徒でしょ!だったら、さっさとおとなしくカラダを貸しなさいよ!』
 『か、貸しなさいって、そんな簡単に自分のカラダ貸せるかっ!』
 『貸さなきゃ…、今、ココで犯すわよ』
 『ぎゃあぁぁっっ、俺のピュアな精神がオカマ犯されるぅっ!』
 『うふふふ…、優しくしてあげるから』
 『アーーーッ!』

 そんな調子でピュアだったかどうかは謎としても、精神的に揉み合いになりつつ、理事長らしき人物の意思に操られ学園の外に出たのだが、そこを通りかかった小宮信夫にぶつかり。その衝撃で自分の身体から小宮信夫の身体に移動した…という事のようだった。
 しかし、その小宮信夫本人は、今どこにいるのかというと自分の身体を探している最中にうっかり街中で何者かにぶつかって行方不明。そして、未だにその行方は掴めていなかった。
 その時の事を思い出したのか、小宮信夫ではなく…、小宮信夫の中の人はぐすんと涙ぐむ。それから、なぜかほんのりと気持ち悪く頬を染めた。
 「いきなり身体に入り込んだ俺に、小宮さんは優しかった…。頑張れって励ましてくれたり、一緒に俺のカラダ探してくれたり。いつもの…っスって口調も実は小宮さんに憧れてマネしてるんですけどね。男の俺から見てもマジでかっこいいんっスよ、小宮さんっ。ぶっちゃけ何か芽生えそうだったっていうか、今まで知らなかった世界への扉が開いちまいそうだったっていうか…」
 こんな事さえなければ芽生えなかった、扉も開かなかった。しかしっ、鏡を見れば小宮信夫、ベッドで眠っていても小宮信夫、風呂に入っても小宮信夫っ!
 自分が小宮信夫であるがために、小宮信夫を忘れる事も出来ない!
 そんな哀れな恋する小宮信夫の中の人の肩をポンっと叩いたのは、同じ部屋に住みながら届かぬ想いに身を焦がしている室田…ではなく、貧乳を揉み育てているヘンタイだった。
 「うん、それはわかったし、芽生えも扉も止めないけどね」
 「…って、そこは一応止めてやれよっっ!」
 「えー…、でもその方が面白そうだし?」
 「とか言ってる間に、何しようとしてんだよっ!このどヘンタイっ!!」

 バキィィィィッ!!!

 一度芽生えた想いは、一度開いた扉はノンストップッ!!
 今日も久保田の貧乳を揉む手は止まらないっ!
 そして、そんな中、小宮信夫の中の人の発言により、今の今までファンタジー1%、ギャグ99%のような展開だったが、ここにきて謎のホラー要素が浮上した!
 ぶつかる事で精神だか魂だかが別の身体に移動する、魂ハジキ。
 そう名付けたのは、意外なことに先に小宮から話を聞いていた橘だが、しかしっ!やはり有能で優秀な寮長っ、どんな萌え要素もぶった切る松本が、謎のホラー要素も情け容赦なく、見事にぶった切ったっっ!

 「理事長には逃げられてしまったが、とりあえず捕まえた関係者は全員病院に入れよう。話はそれからだ」

 さすが有能で優秀な寮長っっ、幽霊や宇宙人が出たら110番ならぬ病院行きっっ!四次元が存在するなら、猫型ロボットのポケットの中だけで十分だ!
 しかも、さらっとさりげなく理事長を逃がした事実を、何事もなかったかのように言っている辺り、とんでもなく狸だった。
 そんな寮長松本の発言に、小宮信夫の中の人が逃げの体制に入るっ。
 カラダはどっこも悪くねぇけど、なんかやべぇっ、すんげぇやべぇっ!
 一度入ったら、二度と出れねぇ気がめちゃくちゃするんっスけどっっ!!!
 だがしかしっ、時すでに遅し!
 小さな子犬を飼っていそうな小さな家のドアは、いつの間に移動したのか、橘によって鍵が閉められ封鎖されていたっ!
 「あ、あの…、そのっ、俺を悪いようにはしないって話は?!」
 「えぇ、ですから、三食昼寝付きの場所に、お連れしようかと思いまして」
 「それって…、病院っスよね?」
 「えぇ、もちろん病院ですよ」
 「スイマセンっ、マジ遠慮しますっていうか、俺元気なんで!」
 「まぁまぁ、そう遠慮なさらずに」

 「ぎゃあぁぁぁぁっっ!!」

 白薔薇姫と呼ばれる美しさも麗しいはずの微笑みも、小宮信夫の中の人の目には女神の皮を被った悪魔にしか見えない。しかし、そんな橘をのほほーんと見ていた久保田が、ふあぁ〜っと眠そうにアクビをしながら止めた。
 「ま、そんなジョウダンはさておき、理事長に逃げられたってのは聞きづてならないんだけど? どういうコトだか説明してくれる?」
 「本当に中身が入れ替わっているかどうかは未確認ですが、今の理事長が偽物である可能性が高いとわかった以上、このまま理事長のイスに座らせる訳にはいきません。ですから、眠れる森に続く通路があると嘘をついて誘い出し、油断させて拘束するつもりでしたが、不意を突かれて逃げられてしまいましてね」
 「優秀な寮長サマらしくもなく?」
 「えぇ、僕も人間ですからね。たまにはミスもあります」
 「へぇ、そうなんだ? 寮長サマのミスって言えば、そう…、例えば押された拍子に貧乳を揉んだりとかも入るワケ?」
 「ふふふ…、まるで見ていたような事を言いますね」

 バチッ、バチバチバチィィィィッ!!!

 ・・・・・・俺の貧乳揉んだよね?
 ・・・・・・えぇ、揉みましたとも。で、それが何か?
 久保田と橘の間にっ、眼鏡と眼鏡の間に火花が散り!
 そんな幻聴が、この場にいる全員の耳に響き渡る!!
 しかし、思い出したように勃発しかけた貧乳戦争は、ぼそりと呟いた時任の一言によって鎮静化した。
 「けどさ、魂だか精神だかがさ、弾き飛ばされて他人のカラダに入るってのはわかったけど。一番最初に弾かれたヤツって誰なんだ? ソレって理事長なのか?」

 ………一番最初に弾いたヤツは、弾かれたヤツは誰?

 時任の発言により生まれた疑問に、シーンと静まり返る室内っ。
 謎が謎を呼ぶ訳のわからない展開に、お互いへの疑念が生まれる。
 お前は本当に相浦なのか室田なのかっ、松原なのかっ?!
 この場にいる全員の身体と中身は合ってるのかっっ?!
 走る緊張に光る眼鏡っ!
 見つめ合う彼らの間に生まれるのは、果たして友情なのか愛なのか、それとも憎しみなのかっっ! それは、今の彼らにはまだわからない事だった。


                                         2013.2.2

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