ドンドンっ、ドンドンドンっ!!!!!

 「くぼちゃんっ、ココにいるんだろ!いたら返事しろっっ!!!」
 「残念ですが、この部屋は外からの声も音も聞こえないつくりになってるんですよ。唯一の例外は、そのドアの中心についている輪のようなもの。ドアノッカーでノックした時のみ音が聞こえる仕組みです」
 「はぁ? 何でそんな仕組みになってんだよ!?」
 「さぁ、僕も良くは知りません。何と言ってもこの部屋は開かずの間…、ですからね」
 
 激しくドアを叩く時任にそう答えた橘が妖しい微笑みを浮かべた場所は、西風寮ではなく東煌寮の開かずの間の前。そんな場所に時任と相浦、そして室田と松原に寮長コンビ…、そんなメンバーの王子様御一行が何をしに来たかは一目瞭然。
 だが、なぜここに久保田がいるとわかったのかと言えば、うっかり忘れがちだが相浦は情報通。久保田のストーカーとして有名な藤原が、うっきうきで東煌寮の廊下をスキップしながら開かずの間に頻繁に出入りしていれば、その噂はすぐに相浦の耳に届く。
 そしてさらに言うならば、うっきうきの藤原の目的は考えるまでも無く久保田以外にはあり得ないっ。…という訳で、橘に頼み込んで真田の魔の手から久保田を救い出すために、東煌寮へとやってきたのだった。
 「情報通なら、鍵がどこにあるとかわかんねぇのかよ、相浦」
 「それがさ、今はここに出入りしてる藤原が持ってるらしいって噂だけど、中等部のヤツだし、なかなか居場所が掴めないし…」
 「ちくしょうっ、鍵がねぇならブッ壊してやる!」
 「…って、ちょっと待てよ!まだ中に久保田がいるって、完全に決まった訳じゃねぇし、さすがにそれはヤバイだろ」
 「ヤバくねぇっじゃなくて、ぶっ壊さねぇ方がヤバいだろっっ!!!」
 時任のさぶいぼも脳内のシーツの波も未だ継続中!
 …ということはっ、未だ久保田の貞操はピーンチ!!
 しかも開かずの間、なーんていかにも怪しい場所に閉じ込められているとなれば、すでに手遅れ。真田にあーんなことやこーんなことをされまくりっ、今はシーツの波に沈んでいるかもしれなかった。
 『ごめん、時任…、俺…』
 『ふっ、せっかく来てくれたところを申し訳ないが、久保田君はすでに私がおいしく頂いてしまったのでね。あきらめておとなしく帰りたまえ』

 「…っとか言われたってっ、誰がおとなしく帰るかってんだよっっ!!!」

 時任はそう叫んだが、そんな現実はどこにもない。
 しかーしっ、病は気からではなく、妄想はさぶいぼからな時任は、近くにあったブロンズ像をガシッと掴む。そして、どこからともなく湧いて出てきたゴキブリを叩く勢いで、大きく振りかぶったぁぁぁっ!

 「こんっの変態エロ野郎っ!!さっさとくぼちゃんを返しやがれっっ!!!くぼちゃんは俺のなんだよっっ!!!」
 
 久保田が聞いていたらドアを吹っ飛ばしそうなセリフだが、内側からの反応はまったく全然ない。時任がブロンズ像でドアノブを叩き壊しても、同じく内側からの反応はまったくなかった。
 ま、まさか…、真田のせいで動けない状態に。
 そんなよからぬ妄想が時任だけでは無く、相浦達の脳裏に浮かぶっ。
 そして、時任が勢いよく開かずの間に飛び込むと、飛び込むとそこには!
 天蓋付きの悪趣味なベッドと、そこに横たわる男の姿がっ!
 
 「まさかマジで…、なのか…、ウソだろ?」

 ざぱーーーんっっっ!!!

 大きく響く波の音は、もちろん幻聴。
 だが、ベッドと男は何度瞬きしても消えない現実っ。
 時任は一度はがっくりと床に崩れ落ちかけたが、ぐっと耐えて体制を立て直すと、悪趣味なベッドに近づこうとした…が、すぐにハッとしたように立ち止まった。
 「違う…、コイツはくぼちゃんじゃない」
 「では、相浦の情報は間違っていたということか?」
 「いいえ、まだわかりませんよ。外見は別の人間でも、中身が久保田君である可能性があります。それに、そこに寝ている人物は確か…」
 「あぁ、間違いない。何がどうなっているのかわからないが、そこにいるのは真田だ。もっとも中身は違う人間だろうがな」
 「……っ!」
 背後から聞こえてきた松本と橘の言葉に、時任はまさか…と今度こそ立ち止まらず勢い良くベッドに歩み寄る。本当なら、そんなワケあるかよっと言いたい所だが、魂ハジキの件がある以上、可能性が無いとは言えなかった。
 「……たとえ真田だとしても中身がくぼちゃんなら、それはくぼちゃんだ。だったら問題ねぇし、今までもこれからも何も変わらねぇ」
 歩み寄りながらの時任のそんなセリフに、相浦と室田が瞳を少し潤ませる。
 だが、次のセリフを聞いた瞬間、別の意味で心の底から泣いた。
 
 「ただしっ!もう胸は揉ませねぇけどなっっ!」

 終わったな…、久保田……。
 一体、何が終わったのかは謎だが、周囲が騒がしいのに気づいて目覚めたのか、ベッドに寝ていた黒いスーツの男…、真田の身体がベッドから上半身を起こす。そして、乱れていた前髪を後ろに流すように手で整えながら辺りを見回し、ベッドの脇に立つ時任に視線を向けた。
 じっと見つめ合う、二人の目と目。
 じーっと見つめ合う、二人の瞳と瞳。
 まさか今から恋でも始まるのかと誰も期待などしていなかったが、つまり結局どうなんだとしびれを切らせた誰かが尋ねる前に、いつからいたのかベッドの片隅に座り込んでいた人物がそれに答えた。
 
 「こ、小宮さん酷いっスよ!俺のことはあんなに拒んだクセにぃぃぃ!!!」

 そう叫んだのは小宮…、の中の人。今までどこにいたのかは不明だが、その小宮の中の人が呼んだ小宮は真田の姿をしていた。
 そんな真田の姿をした小宮に、泣きそうに瞳を潤ませた小宮の中の人が近づき、時任との間に割って入る。そして、真田の姿をした小宮にガシッと抱きついた。
 「俺、小宮さんのことが好きなんっスよ!俺は小宮さんが小宮さんなら、外見なんてどうでもいいっ!」
 「………」
 「それっくらい小宮さんが、好きで好きで好きなんっスよっっ!!!」
 すでに未知なる世界への扉を開きまくっていた小宮の中の人は、小宮の入った真田の身体を両腕で拘束しながら、そう叫んでゆっくりと顏を近づけていく。
 これは…、そう、性別だけではなく、外見も何もかもを超えた究極の愛のカタチっ。そんな愛を前に砂は吐いても、もはや誰も止められないっっ!
 少し前に誰かさんと誰かさんが、このベッドの上で同じような体制だった気がしなくもないが、きっとそれは何も語らない唇に浮かんだ微笑みだけが知っている…。そんな微笑みに気づいた松本が、じっと睨みつけるように見つめると、微笑みの主はどうかしたんですか?と浮かべた微笑みを深くした。
 「たとえ開かずの間だろうと、お前なら鍵くらい持っていそうなものだがな」
 「僕は確かに寮長ではありますが、それ以上でも以下でもありませんよ。貴方がそうであるように 」
 「俺がそうである…というなら、やはりお前はキツネだということだな」
 「そんな風におっしゃるなら目の前のベッドが空いたら、タヌキとキツネで化かし合いでもしましょうか?」
 「ベッドでの化かし合いは冗談としても、ベッドの人物の顏が見えた瞬間、驚いたような顔をしなかったか?…キツネ」
 「ふふふ、それはきっと気のせいですよ」
 そんなタヌキとキツネの会話は二人以外の耳には入らず、小宮の中の人と真田の中の小宮の距離は限りなくゼロに近づきっ、もうだめだぁぁぁっっ!と自分の吐き出した砂の山の上で限界を超えた時任が部屋から脱出しようとする!だがしかし、ゼロ距離になる寸前で真田の中の小宮が首を傾げ、拒絶ではなく疑問を口にした。

 「さっきから何を勘違いしているのかわからないが、私は真田だ。小宮という名ではない。だから、中身が違うと言われても困るのだがね」

 真田の中の小宮の…、いや、真田の口から出た言葉を聞いた瞬間、脱出しようとしていた時任が動きを止め、橘と松本が顔を見合わせる。
 真田は、確か保健医の三文字の中にいたはずだ。だが、今の口調と話し方は真田とそっくりで、真田本人を知っている橘はまるで本人ですよと言った。
 「だったら、あれから元の身体に戻ったっていうのかよ?」
 「さぁ、僕にはわかりませんが、姿と声と喋り方だけで言うなら真田そのものです。どういう事なのかは僕ではなく、そこの彼に聞いて見た方が良さそうですよ」
 そう言って橘が指し示した方向を見た時任は、砂の山を踏みしめたまま魚の死んだような目になる。そういえばと考えるまでも無いが、真田の中身が小宮だと主張しているのは一人きりっ。
 だったら、その一人に目の前の真田の中身が小宮だと証明できる何かを持っているのか、知っているのかと聞くしかないが…、ぶっちゃけ聞きたくない。しかしっ、そんな時任に何の恨みがあるのか、留めの一撃が襲いかかった!

 「誰がなんて言ったってっ、俺にはわかるつっつたらわかるんっスよっ!!!」

 ブッチュゥゥウゥゥゥーーッ!!!
 
 うあぁぁぁぁぁっ、マジでやりやがったあぁぁぁぁっ!!!
 そんな心の叫びを上げながら、額に手を当て天井を見上げたのは時任と相浦で、室田は真っ赤になって硬直する。そうしてから、ある事実にハッと気づいた相浦は、別な意味で叫びたい気分で天井を仰いだ。
 そういえば…、久保田って胸は揉んでたけど。
 一度もキスしたことなかったりしてな…、なーんて…。

 「くぼたぁぁあぁぁぁぁっ!!!」

 相浦の良くわからない絶叫が室内に響くと、その声に驚いたように真田がドンッと小宮の中の人の胸を強く押して遠ざける。それから、遠ざけて右手で唇を抑え…、頬をほんのり赤く染め上目づかいで小宮の中の人を睨んだ…。
 
 「な、何をするんだっ!初めてだったんだぞっっ!」
 
 そんな真田の顏を見て叫び声を聞いた瞬間、この場にいた全員がいきなり凍りついたように真顔になる。そして、いきなりズササーッと全員真顔のままで小宮の中の人を取り囲むように近づくと、いっせいにガシィィィっと肩を掴んだ。
 「貴方の愛は本物です。僕が保証しますよ」
 「そうだな、橘と同じく私も保証しよう」
 「お、俺も同じくって…、室田と松原も?」
 
 「とかって、一体何の話してんだよっっ!」

 真田といえば、当代ホモ暮らし。
 ベッドのシーツは波打たせても、キスをしたことがないというのはあり得る現実かも知れない。だが、頬をほんのり赤く染めて上目づかい…なんてことは、たとえ橘が受けだったとしてもあり得ないっっ!
 つまり真田の中身は別人で、小宮の中の人の愛を信じるなら小宮本人。
 もちろん未だ行方不明である三文字や理事長の中身も気になるが、この反応を見る限り可能性は低い…と思いたいっ。
 しかし、小宮の中身といえば学園の生徒で、確か病院に入れるとか寮長コンビが言っていたはず。なのに、なぜこんな所に?という疑問は、誰かが尋ねるより早く橘の発言によって回答が得られた。
 「貴方には病院に行かないかわりに、魂ハジキの証明をするためにも理事長の探索をお願いしていたはずですが、どうしてこんな所に?ここは開かずの間なので、ドアを壊さない限り中には入れないはずですが?」
 「いやあの…、それが…、ここにいるのは小宮さん見つけたからですけど、ドアは中に居た人が開けてくれたんッスよ」
 理事長を捜索していた小宮の中の人だが、偶然、小宮と生き別れ?になった時にぶつかった人物を発見。様子を探るために後を付けると、なぜか関係者以外は入れないはずの学園内へ…、そして開かずの間へとたどり着いた。
 すると、中から学園の生徒らしき人物が出てきて、少し二人だけで話した後、中から出てきたもう一人と一緒にどこかへ行ってしまったらしい。そして、それを見送った小宮の中の人は、隙をついて強引にこの部屋に真田を押し込んで内側から鍵をかけた。

 「つーまーり、小宮なのか真田なのか知らねぇけど、コイツに聞けばくぼちゃんの居場所がわかるってコトだな?」
 
 今の状況になった経緯を聞いた時任は、低い声でそう言いながらバキボキと指を鳴らす。すると、時任のセリフにそうですねと、いつもよりも更に麗しい微笑みを浮かべながら橘もそれに加わった。
 「無理に…とは言いませんが、ここに来た理由や他にも何か知っていることがあるなら教えて頂けませんか?」
 「ひぃぃぃ、後生っスから、命ばかりはお助けをっっ!」
 「ふふふ、別に取って喰ったりはしませんから、安心してください。僕が取って喰うのも喰いたいのも、この世でたった一人きりですから」
 「それはどうでもいいが、俺を見て言うのはやめろ」
 そんなお決まりのセリフと共に松本が、そして王子の騎士である三人が加われば、囲まれた二人は絶体絶命っ。助かりたくば、吐いて吐いて吐きまくるしかないが、しかしっ、これでようやく少し見えてきた事実がある。
 それは、魂をはじかれた人間の順番だった。
 並べてみるとオカマ→理事長→男子高生→小宮→真田→三文字となる。そうするともしかしたら、まだ魂ハジキの連鎖は今も続いているのかも知れなかった。


                                         2015.4.5

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