魔王じゃないもんっ!
「第9話 魔法じゃないもんっ!」


−8−

 災厄なんてものは、そこらへんに転がっているものであり、いつ自分に降りかかってくるかわからない。
 けれど、その確率はそれほど高くはなく、忘れたころにやってくるのが定石だ。
「えー、知っている人もいるかもしれないが、岡が事故に遭った」
 担任の博美の言葉にざわつく教室。
 名字で呼ばれることは少ないが、クラスメイトなら誰だって、ひとみのことだと分かる。
「今日は大事をとって休んでいるが、右足の捻挫以外は、軽い擦り傷をしているぐらいだから安心しろ」
 ざわめきが安堵の息へと変わる。
「だが、全治は2週間。1週間は松葉杖を使った方がいいそうだ」
 その言葉に再びざわめきが起きる。
 今週末は学芸会であり、ひとみは主役だ。
「シンデレラ役は出番も多いし、階段を駆け降りたりもする。
 捻挫をしているひとみには酷だ」
 さらにざわめきが大きくなっていく。
 一週間後の本番へ向け、クラス一丸となって頑張ってきた。
 大道具、衣装、練習。
 それが無駄になる可能性に、誰もが暗い表情をする。
「とりあえず、シンデレラがいないと始まらない。だから代役を立てる」
 続くシンデレラの代役の名前は、教室をさらにざわつかせるものだった。

 シンデレラ役。
 香月蘭子。

 王子役から、まさかのお姫様役への転身。誰よりも本人が驚いていた。
 理由はしっかりしている。
 一週間でシンデレラの台詞や立ち回りを覚え、さらに演じるのは難しい。だが、台詞と立ち回りを覚えているクラスメイトが二人いる。
 土日の練習にずっと付き合っていた、出門真央と香月蘭子だ。

「ひとみん、平気?」
 放課後、舞台練習は他のクラスが行うため、早めに練習を切り上げた真央と蘭子は、ひとみの家にお見舞いに来ていた。
 ひとみの部屋は本人のきちんとした性格のわりに、それほど片付いていなかったが、これは単純に、購入し過ぎた本の置き場が無いためである。だが、収納用ボックスやダンボールに詰め込んで、イロイロと工夫をして片付けようとしている努力は認めていいだろう。
 そこら中に本がある中、机の上だけは本が一冊しかない。
 それはシンデレラの台本だった。
「平気だよ。痛み止めが切れると痛むけどね」
 弱々しい笑顔とポツンと置かれた台本が、ひとみがショックを受けていることを物語っていた。
「蘭子、シンデレラ役。お願いね」
 しかし、それを隠すように明るく振舞い、蘭子を激励する。
 シンデレラ役に蘭子を推したのはひとみだった。
 なお、もう一人の候補である真央は、よんどころない事情で、シンデレラ役になることできなかった。普通に考えれば、ねずみ役の方が代役を設けやすい。しかし、ひとみのために用意された衣装は、真央には大き過ぎたのであった。
 王子役については、選定時、第二候補だった敬介に決まった。重要な役割ではあるが、それほど台詞も出番も多くない。加えて敬介は物覚えがよく、演技も器用にこなすことができるタイプだったので、クラスメイトも不安に感じることは無かった。
 実際、放課後に一回やった通し練習は、台詞も演技もほとんど完璧に近い出来だった。
「……うん」
 ひとみの激励の言葉に、今度は蘭子の顔が暗くなる。
 王子役を見事にこなしていた敬介に対し、蘭子の演技は非常にお粗末だったのだ。
「大丈夫。まだ時間はあるよ」
 その様子に、気持ちを察した真央も励ましの言葉をかける。
 演技も立ち回りも頭に入っているのに、演じきれないのはなぜだろう。
「……うん」
 いつも歯切れのいい蘭子からは想像できない曖昧な返事。
 その様子に、真央とひとみは顔を見合わせて、眉毛をハの字にするのだった。


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