魔王じゃないもんっ!
「第9話 魔法じゃないもんっ!」
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もう何回目か分からない通し練習。 出門家での二日間の練習は、ひとみに確かな成長と自信を与えることに成功した。 「本当にみんなお疲れさま。みんなすっごい上達したよ」 さわやかモードの翔太が3人をねぎらう。さわやかモードの翔太がどうも苦手な真央を除く二人は、照れ笑いを浮かべた。 「それにしてもたくさん練習したねー。あたし、シンデレラの台詞も立ち回りも全部覚えちゃった」 「あ、私も私も」 真央と蘭子はそう言って笑う。 おおげさに聞こえるかもしれないが、二日間もの長い間、ずっとシンデレラの練習に付き合ったのである。比喩でなく、二人の頭には完璧にシンデレラの台詞と立ち回りが入っていた。 「じゃあ風邪で休んだりしても、代役お願いできるね」 この場にいる全員が、こんな冗談を言えるようになったひとみに目を細めた。 昨日練習を始めてすぐのひとみは、目に見えて思い詰めているようだった。それを克服できたのは、本人の頑張りももちろんだが、この場にいる全員のサポートがあったからだろう。 真央と蘭子は練習につきあい、翔太はアドバイスや励ましの言葉を。色香は真央の代わりに、料理以外の家事をすべて引き受けてくれた。 窓から漏れる光りは赤みがかかっており、朝早くから始めた練習時間が短くなかったことを物語っている。 三人とも疲労感はあったが、それが逆に心地よい。その感覚は、努力して成果を得た者に与えられる勲章のようなものだった。 「そうだ。 今日持ってきたお土産、みんなで食べよう?」 ひとみは、疲労感とともにやってくる空腹感に「二日連続でお邪魔するから」と、親に持たされたアイスを思い出した。 「あー、ちょうど甘いもの食べたかったんだー。食べよう食べよう」 真央も蘭子も笑顔で賛同する。 「えへへ。ちょっと変わったアイスなんだよ」 真央が冷凍庫からひとみのお土産の箱を出し、ダイニングテーブルに持ってくると、ひとみが少しいたずらっぽい笑顔を浮かべながら箱を開く。 「じゃーん」 一つずつビニールで包装されているアイスが取り出される。透明なビニールから見えるその姿に、真央は顔を引きつらせた。 「うわー、おいしそー!」 その印象は人それぞれのようで、蘭子は素直に喜んでいる。 「お兄さんとお姉さんもどうぞ」 「ありがとう」 「あ、ありがと」 ひとみに渡されたソレに対し、翔太はニヤニヤと笑い、色香は目を輝かせている。 しかし、これを目にして、一番衝撃を受けたのは、目に見えない存在であろう。 「たいやきアイスだよ」 冷気を放つその姿は、そうとしか思えないのだが、出門家でこの姿には特別な意味がある。 「光粒さんが最近始めたの。たいやきの形のあずきモナカアイスなんだけど、さすが和菓子屋さんだけあって、アンコがとっても美味しいんだよ」 光粒は、光野商店街の和菓子屋である。老舗であるが、新しいモノ好きでもあり、「ハイカラ」な新商品をたびたび生み出すのだ。 ちなみにこの商品名、正しくは「氷菓なたいやき」である。たいやきアイスはすでに大手菓子メーカーから売り出されているが、アイディアはいいのに味が残念だと嘆いた店主が作った、渾身の作品らしい。 いや、そんなことよりも、今気にしなければならないのは、この姿かたちのものを、真央を除く全員がかぶりついたということだった。 翔太と色香は遠慮してもいいものだが、翔太は面白半分に、色香は甘いものの誘惑に勝てず、すでにかぶりつき、咀嚼し始めている。 友人二人も疲れた身体が甘いものを欲しているのか、満面の笑顔で味わっている。 「あれ? 真央ちゃん食べないの? こういうの苦手?」 アイスを手にとったまま食べない真央に気が付いたひとみが、心配そうな顔で声をかけた。 「あ、あははは」 しかし真央は、これと同じ姿かたちの存在がちらついて、食べる気になれなかった。 「ごめんね。真央ちゃんこういうの苦手だったなんて知らなかったよ」 それに対するひとみの反応は、真央を追い詰めるものだった。 食べない理由は言えない。 それなのに食べないというのは、ひとみの好意を無下にすることになる。 「あ、あははは! あのね。太っちゃわないかなーって」 とっさに思いついた言い訳。 「あれだけ動いたんだから大丈夫だよ」 「それに自分だけスリムでいようなんてズルイぞー」 甘いものを食べている最中にダイエットの話を持ち出すのはタブーである。場を固まらせるか、道連れにされるか。どちらにせよいい結果には繋がらない。 そして今回は、道連れの効果を生み出した。 もう逃れられないと覚悟を決めた真央は、たいやきアイスをふくろから取り出す。 (まぁ、見てるとは限らないもんね) 希望的な観測を自分に言い聞かせて、一口かじった。 しかし、それが絶望へと繋がった。 同胞と同じ姿を食べられている姿を見せつけられていた海の魔、シュヴァルツの絶望へと。 真央が気を遣って食べないでいることが、彼にとっては希望だったのだ。真央が自分を気にしていてくれたことにより、『同胞殺戮ショー』にしか見えない、この現状に耐えることができていたのだ。 ブリッブリリリリッ! リビングに響く異音。 それとともに、何も無いところからアンコがあふれ出るという怪現象が発生する。 それはシュヴァルツの涙だった。 それにより、友人二人がパニックに陥ったのは言うまでもない。 |
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