魔王じゃないもんっ!
「第9話 魔法じゃないもんっ!」
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「すごいっ!」 「浮いてるぅっ!」 天駆を見た蘭子とひとみが歓声をあげる。 いつも通りプカプカと浮かぶ天駆を目の前にしてそれで済むのは、翔太の策の恩恵だった。 真央はこの瞬間まで疑っていたが、どうやら効果はあるらしい。 いつも通りプカプカ浮いてはいるが、今日は円盤のようなものに乗っている。 もう内容が酷すぎて覚えていないが、NASAの知り合いに試運転を頼まれたとかなんとか。 赤ん坊ぐらいの体重しか乗せられないからとかなんとか。 さらに思考がわかりやすいという理由で赤ん坊を選んだとかなんとか。 さらにさらに試運転中はずっと乗せてないと正しいデータがとれないとかなんとか。 で、極秘事項だからしゃべっちゃ駄目とかなんとかで、口止めまでちゃっかりしている。 自分だったらこんな内容を信じ込ませるなんてことは到底できないと、翔太の会話スキルの高さに大きなため息をつくばかりだ。 いざとなったら記憶操作をすればいいという認識が、そんな大胆なホラ話をさせているのかもしれない。 それはともかく。 今回の目的である劇の練習は、翔太が錬成魔法で、見事に「日曜大工で作ったような舞台」を作り上げていたことにより、充分すぎる環境で行うことができた。 しかし、思ったより効果があがらない。 それにも関わらず、ひとみはへこたれる事なく、賢明に練習を続けていた。 がんばるなぁ。 それを見守る蘭子は、ひとみのひたむきな練習姿をまぶしく感じていた。 王子役は花形だが、シンデレラほど出番があるわけではなく、蘭子自身、演技が苦手というわけではなかったので、ひとみほど練習が必要ではなかった。 同時にあれほどの情熱もない。 「はぁ……」 思わず漏らしたため息。 蘭子はそれにハモるように聞こえてきた、もう一つのため息に、いつからか近くにいた存在に気がつく。 「あれ、お姉さん?」 そこには、真央の姉である色香が、物憂げな表情で舞台を見つめていた。 舞台には、シンデレラの練習をしているひとみと、台詞あわせのため、台本片手にいろいろな役をやっている真央の姿があった。 「どうしたんですか? じっと見てますけど」 学芸会の練習は確かに物珍しいかもしれないが、それほど魅力的なものでもないだろうと思った蘭子が聞く。すると色香は、視線を舞台に釘付けにしたままで、ボソリと言った。 「研究してるの」 何の? 思わずつっこみたくなったが、色香から何だかよくわからないオーラのようなものを感じ、思い止どまった。 (……うーん) なんとなく居心地が悪い。 食い入るように舞台を見ている色香が、横にいるだけでそう感じた。 なんとなく異世界の空気が漂っているような。 (な、何か会話でも……) そう思って話題を探すと、すぐに思いつく。 「そう言えば聞きましたよ。夢見通での活躍! 三反の姐御なんてカッコイイですよね。美人で腕っ節も強いなんてすごすぎます!」 蘭子が言っているのは、三反の夢見通で占いの店をやっている色香が、用心棒でも歯が立たないような暴漢を撃退した事件のことだ。 この事件は、この地区限定のローカルテレビにとりあげられたことで広まった。 蘭子は純粋な賞賛の意味でこの話題を出したのだが、色香の反応はよくなかった。 「色香さん?」 何か悪いことを言ったのかもしれないと、顔色を窺う。 「……本当はカワイイって言われたいの」 すると、まっすぐこちらを見つめてポソポソと言った。 「え……」 胸がドキリと音を立てる。 「蘭子ちゃんはわかってくれると思うの」 「………………」 続く言葉もひどく心に響いて、蘭子は言葉を失った。 「そろそろ、お仕事の時間」 色香は固まったままの蘭子にそう告げて部屋に戻る。 (あたしが、かわいいと思われたいってこと?) 残された蘭子は、言葉の意味を考えていた。 だから、王子役に選ばれてからモヤモヤしてたのかな。 女の子っぽいカワイイ役がやりたかったのかな。 でも、だけどそんなの、柄じゃないし、特にやりたいなんて思ってない。 でも、本心はそう思ってるからこんな気持ちになるのかな。 やっぱりわからないよ。 見えたと思った答えは、再び霧の中へと消えて行った。 |
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