魔王じゃないもんっ!
「第9話 魔法じゃないもんっ!」


−5−

 学芸会の練習を終えた帰り道。
「はぁ〜……」
 吐いた息はきっと空気より重くて、目に見えるとしたら、吐いたそばからストンと落ちてしまうだろう。ひとみは、自然と出てきた大きなため息にそんな感想を持った。
「元気出しなって」
「もっといっぱい練習すればきっと大丈夫だよっ」
 ひとみを励ます真央と蘭子。
 ひとみが落ち込んでいる原因は、シンデレラをうまく演じられないことだった。
「その練習時間もあと少ししかないから困ってるんだよぅ……」
 涙目のひとみ。
 今日は金曜日で、学芸会は来週の日曜日。土曜日曜は学校がないため、実質あと一週間しかないと言える。
 台詞などは頭に入っており、舞台を降りるとそこそこな演技ができるのだが、どうも舞台の上に立つことと、舞台の上で動き回るのが苦手らしい。台詞棒読みと言うわけではなく、感情が高ぶり過ぎて、上ずってしまったり、妙な動きをしてしまうのだ。
 それにも関わらず、舞台の上での練習は、各クラスに割り振られているため、ひとみが舞台上で行える練習時間は、あと2時間しか残っていない。
「本当の舞台の上とまではいかなくても、それっぽいところで、もっと練習したいなぁ……」
 すず子のおかげでやる気になったはいいが、今度は理想と現実とのギャップに苦しんでいる。
 真央も蘭子も、学校以外では、舞台のような大きな練習場所が思い当たらない。
 何もいいアイディアが思い浮かばず、困り顔のままひとみを見守るしかなかった。
「みんなで浮かない顔をしているけど、どうしたの?」
 そんな三人の前に爽やかな笑顔で現れる人影。
 蘭子とひとみは目を輝かせ、真央は顔を引きつらせた。
 人影の正体は真央の兄で魔族の翔太だった。
 真央は止めたが、ひとみと蘭子が事情を話す。すると、翔太は少しだけ考えたあと、ぽんと手を打つ。
「うちのリビングは広いから、体育館の舞台っぽいスペースを作れるかも」
 出門家は洋館風の家で、かなり広い家であり、部屋も多く、リビングの大きさはと言うと、軽く20畳はある。
 面積だけなら、光野小学校の体育館にある舞台よりも広い。
「ダメダメッ! ダメだよっ!」
 一瞬、それは名案だと思いそうになった真央だったが、すぐに激しい拒否の意志をあらわにした。
 天駆の存在を思い出したからだ。
 天駆は基本的に浮遊している。それを見られたらどう説明すればいいのか。
 部屋に閉じ込めておくこともできるが、蘭子もひとみも前々から天駆を見たいと言っている。
 家に遊びにきた友人に、天駆を見せない理由を真央は思いつくことができない。
「いじわる言うなよ、真央」
 しかし翔太は、さわやかキラキラ笑顔で窘めるように言ってきた。
 真央はデビルスウィングで、強制退場を願おうかと思ったが、さすがに友人の前でそんなことはできない。
「お兄ちゃんっ!
 天ちゃん見られたらまずいでしょっ!」
 そこで真央は、翔太に天駆のことを耳打ちし、考え直してもらおうとした。
「あふっ、真央の息が耳に……」
 しかし効果はないようだ。
 すべてを投げ打ってデビルスウィングを発動しようかとも思ったが、ぐっと堪える。
「ちゃんと舞台みたいなものを用意しておいてあげるから、任せておいて」
 真央が、デビルスウィング発動衝動を抑え込んでいるうちに、どんどん話を進めてしまう翔太。
「大丈夫。真央の心配もぜ〜んぶまとめて僕がなんとかするさ」
 続けて真央だけに聞こえるように言うが、真央は不安を払拭できなかった。


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