魔王じゃないもんっ!
「第9話 魔法じゃないもんっ!」


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 学芸会が来週末に迫ると、午後の授業はすべて練習に割り当てられる。5年4組の教室でも、いつもにましてざわつく中、来る学芸会に備えて日々練習をしていた。
「え? なんで王子役に選ばれたか?」
 シンデレラ役となったひとみは、合わせ練習の前に台詞を確認しようと台本を睨みつけていたが、思わぬ質問に驚いたような顔をして、声をかけてきた蘭子に視線を向けた。
「あははは。ちょっと気になって」
 照れ笑いを浮かべる蘭子にひとみが大きく一息。さらに吐いた息の量に比例して、顔がどんどん暗いものになっていく。
「それをいうなら、私がシンデレラに選ばれたか、だよ」
「ひっ?」
 ゆらりと近づけられた顔は、ほの暗いオーラを帯びており、蘭子は思わず悲鳴を上げた。
「私、人前に出て何かやるのって苦手なんだよ? それなのに主役なんて」
「いや、ほ、ほら、やっぱり、かわいいからじゃない?」
 迫力に圧され、自分の質問を抑え込んでひとみに言葉を返す。
「だいたいメガネのシンデレラなんておかしいでしょ?
 それなら外せと?
 ハハハ、何をおっしゃいますやら。メガネを外したら何も見えないんですよ。コンタクトにしようにも、何かもろもろの事情であなたはコンタクト駄目ですとかなんとか言われていますしねぇ」
 一人でぶつぶつと言い始めるひとみに、蘭子は愛想笑いを浮かべるしかない。
「それにかわいさで言ったら、真央ちゃんとか小手岸さんの方が……」
「聞き捨てなりませんわねっ」
「うわっ!?」
 そこに第三の人物が加わる。
 ジト目でひとみをにらみつけるのは、話題の人、小手岸ほのか。
「これはこれはお姫様のひとみさん」
 続けて皮肉交じりの言葉とともに登場するのはもう一人の話題の人、出門真央だった。
 二人はおそろいの格好をしているが、別にペアルックとかいう類いのものではない。
 つけ耳に全身グレーのタイツ。
「小さいって理由でねずみに選ばれた私達ですが何か?」
 シンデレラのお友達であるねずみ。シンデレラを支え、魔法で馬車の馬に変身する重要な役割とも言えるが、やはりねずみはねずみ。あまりいい役とは言えないし、背の低さナンバー1、2が揃って選ばれたことから「小さいから」という屈辱的な理由で選ばれたことは明白だ。
 歌のテストから徐々に仲がよくなりはじめた二人が団結するのには、十分な理由だろう。
 ネガティブな団結なのが残念だが。
「もう少し背が大きければ、絶対にほのか様がシンデレラだったわ!」
 そこにさらなる援護が入る。
 ほのかの取り巻きである花咲舞だ。なお、彼女はいじわる継母役になっている。
「ああ〜、ほのか様がこんなにちびっこくてかわいくなければぁ〜」
 そして舞があらわれれば当然あらわれるもう一人の取り巻き、夢月秋乃がさらなる援護。さりげなくほのかのカンに障ることを言っているが、彼女はそれをわかりつつ、ほのかの反応を楽しんでいるのだ。
 なお、彼女はいじわる姉役だ。
 主役という大役であり、お姫様という羨ましい役に抜擢されたのに、なんの文句があるんだ。
 そんな無言の攻撃意志。
 しかし、なりたくてなったわけではないひとみにすれば、あまりにも理不尽な攻撃だった。
「や、やりたくてやってるわけじゃないのにぃぃぃ」
 おとなしいひとみとは思えない、大音量の叫び声。それはそのまま泣き声に変わった。
「わ、わ、ごめんひとみん」
「泣かないでくださいまし!」
 少しからかうつもりだった真央がすぐさま謝り、それにほのかが続く。
「ホラ! あなたたちも謝りなさい!」
 慌てて舞と秋乃にもそう促すと、二人も頭を下げて謝った。
「やっぱり私、主役なんて向いてないよぉ! 替われるもんなら替わりたいよぉ」
 しかし、今までよほど溜め込んでいたのか、堰を切ったように感情があふれ出ている。
 これほど役に対する重圧があったのかと、反省する面々だが、どう対処すればいいのかわからず、オロオロとするばかりだ。
「泣いても何も変わらないよ、シンデレラ」
 そこに場違いな、低く通る声が響き渡る。
 全身黒く染まった姿、スラリと高い背丈に加え、頭に乗せられた三角帽子。その異質さは、ふだん魔族と暮らしている真央でさえ、ドキリとしてしまう。
 その特異なオーラに、泣いていたひとみも思わずぴたりと動きを止めた。
「おまえが望まないなら魔法はかけない。クラスメイトの期待で生まれた魔法は、そっと私の中で昇華させよう」
 芝居がかった口調と、小学生とは思えない言動。魔法使い役の津田すず子だった。
「誰もが憧れる姫になれる魔法、受け取る受け取らないはおまえの自由。けれどしっかり考えな?
 魔法そのものには魅力を感じるだろう」
 その場にいる全員の意識が、すず子に吸い込まれているかのようだった。
「確かに重い。けれどその重さは誰もがもっている力で支えることができるのさ。
 わかるかいシンデレラ」
 今のすず子は、誰が見ても魔法使いそのものだった。演技なのかどうかの判断もつかない。
「わ、わかりません」
 思わずクラスメイトに敬語を使ってしまうひとみ。
「それは勇気さ。
 おまえの心の中にもしっかりあるんだよ」
 ニンマリ。
 言葉とともに、そんな擬音がしっくりと来る笑顔を浮かべる。不気味なのに、なぜか惹きつけられる。
 まさに魔法使い、まさに魔女。
 配役投票では、ひとつの役に数人の候補が出るものだが、魔法使い役候補は満場一致ですず子だった。
 それはつまり、クラスメイトだけでなく、すず子自身も魔法使いに投票していることになる。
 自他共に認める魔法使い役。
 すず子はその名目を見事に体現していた。
「頑張ろう、ひとみさん」
「は、はい……」
 戸惑いながらも、返事をしてしまうひとみ。
 少し静まりかえった教室が、わっと沸きあがった。
 そんな教室の中で、自らの質問の答えを得られなかった蘭子が、呆然としている。
「あ、ごめんね。
 かっつんこがなんで王子様に選ばれたか、だったよね?」
 すっかり落ち着きを取り戻し、士気も向上したひとみは、周りを気遣う元来の性格を取り戻し、蘭子に声をかけた。
「やっぱりカッコイイからだよ」
 そして笑顔でそう答える。
「うんうん、うちのクラスの男子、パッとしないから、香月さんが一番カッコイイと思う!」
 近くで話を聞いていたクラスメイトたちもそれに便乗し、蘭子をもてはやし始めた。
「そっか……」
 しかし蘭子は素直に喜べず、曖昧な笑顔を浮かべることしかできなかった。


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