魔王じゃないもんっ!
「第9話 魔法じゃないもんっ!」


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「さぁ! みんなよく聞きな!」
 担任、広田博美の大声で、5年2組教室が静まり返る。
 ふだんやる気があまり感じられないからこそ、時折見せる本気は生徒たちを制する力がある。
 ざわついていた教室は、一瞬でしんと静まり返った。
 すっかり秋も終わりに近づき、紅葉した葉が半分近く落ちる頃、光野小学校では学芸会が行われる。
 光野小学校の学芸会は毎年評判が高く、年間通して最大のイベントと言っていいものだった。
 しかし、好評というのは、いいことばかりではない。
 援助などが得られることもあるが、期待に応えなければならないプレッシャーも強い。もっとも、そんなことを思うのは生徒ではなく教員なのだが。
 ちなみに広田博美は査定を気にして張り切っている訳ではない。最優秀賞で得られる商品目当てだ。
 最優秀クラスは、振替休日時に行われる打ち上げバーベキュー大会で、特別ボーナスとしてカニが贈呈されることなっているのだ。
 博美は無二のカニ好き。
 それが普段やる気のない彼女を燃え上がらせている。
「いいかいみんな。
 さっき渡した紙に適役だと思う人の名前を書き入れるんだよ?
 適任だと思うなら男役に女の子を書いたっていい。その逆ももちろんあり!
 無記名だから思うままに書きなっ!」
 生徒に配ったものと同じ紙をバンバンと指さしながら熱く語る博美。
 なお、5年4組が行う演目はシンデレラだ。定番だがそれゆえ実力が求められる。
 一般的に配役は、立候補や教員の推薦で決まることが多いが、博美はあえてこの方法をとった。
 配役も自分たちの意志を反映した方が、やる気も出てくると思ったからだ。
 ただし、こういう行為は、一歩間違えば押し付けやイジメにも繋がる可能性もあるので気をつけなければならない。
 しかし、このクラスはそういった黒いやり取りが一切無い優良クラスであるため、効果が十分期待できた。
 生徒たちは渡された用紙を前にうんうんと唸り出す。
 シンデレラは有名なお話だ。
 登場キャラに対し抱くイメージは、クラスメイト全員がほぼ同じと言っていい。
 あとは誰がそれにあてはまるか、クラスメイトに持っているイメージが選定ポイントになるわけだ。

 それから30分の時間が経過し、すべての投票用紙が用意されていた箱に詰め込まれた。
 博美はクラス委員である小手岸ほのかと、安藤敬介を教壇に呼び込んで集計させた。
 敬介はお金持ちのお嬢様であるほのかと比べると陰が薄いが、美男子とまではいかなくても整っている顔立ち、温厚な性格、柔らかな物腰が「大人っぽい」と評価されることが多く、女子の隠れファンが多い。
 そのため、王子役として選ばれる男子生徒の有力候補であり、事実、集計結果でも、彼は男子生徒の中でトップの投票数を獲得した。
 しかし彼は王子役には選ばれなかった。
 黒板に書かれた王子役を努める生徒の名前は「香月蘭子」。

 女子生徒だったからだ。


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