魔王じゃないもんっ!
「第8話 太ってないもんっ!」


−9−

 成果の実感は気の緩みにも繋がる。だが、ここで気を緩ませてはいけない。
 とりあえず一週間続け、成果を見るのが今の真央の方針。これは絶対に守らないと……。
 守らないと。
 そう何度も何度も頭の中で繰り返し、商店街で買い物を続ける。
 空腹の真央にとって商店街は刺激が強すぎるのだ。
 商店街にはクレープ屋、和菓子屋があり、クレープ、今川焼き、タイヤキの生地を焼く甘い香りが漂っている。

(あ、頭がどうにかなりそう)

 焼き菓子の店頭販売は、購買意欲をそそる商法だとわかっているのだが、今日ばかりは焼いているおじさんおばさんたちが恨めしかった。
 食べたい気持ちをぐっと堪え、買い物を済ませていざ家へ。
 少しでも早く甘い香りから遠ざかろうと小走りで帰宅したため、家に着いたときは空腹感と疲れで目を回しそうだった。
「ただいまぁ」
「おかえりー」
 いつもの挨拶を済ませ、買い物したものの仕分けも済ませたところで、つく一息はため息に取って代わられた。
(……はぁ、食べたかった)
 甘い生地の焼ける匂いが思い出され、唾液が分泌される。

(ううーダメダメ!)

 誘惑を霧散させようとぶんぶんと首を振りかぶってみたが、どうにも頭から離れてくれない。
 頭を振ったせいか、心なしか頭がボーっとしてしまった。
「真央様、顔色が悪いようですが」
 少し朦朧としている意識の中、低い声が真央の耳に届く。
 そして目の前に迫ってくるのは。
「タイヤキっ!?」
 朦朧とした意識、甘いものへの欲求。これはその二つが生み出した悲劇だった。
「お、お嬢様ぁっ!?」
 条件反射的にかぶりついたタイヤキは、出門家の住人である魔族シュヴァルツ。
「あ、あ!
 ご、ごめん!」
 あわてて、シュヴァルツを解放するが、しっかりと歯型がついてしまっていた。
「ひ、ひどいですよお嬢様。色香様ではあるまいし、いきなり噛み付くなど」
「う、うん。
 ごめ……ん……あ……れ?」
 真央はシュヴァルツに非礼を詫びながら、身体の違和感が大きくなっていくことに気がつく。
 しかし気がついた時にはすでに遅く、真央の意識は遠のいていった。 


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