魔王じゃないもんっ!
「第8話 太ってないもんっ!」
−7−
自室で濡れた髪を乾かしながら、真央は大きなため息をついた。 完璧だと信じたプランは効果がなかった。 絶対の自信をもって望んだ結果が体重減少ではなく、増加だったのだからたまらない。 どうすれば。 真央は頭を抱える。 何が悪かったのかといくら考察しても答えがでてこない。 理論は間違っていないはず! この上はもっとカロリーを抑え、運動量も増やすか。 ……そもそも理論は間違っていないという前提に問題があったら? コンコン……。 「はひっ!」 延々と考えているところにノックの音がし、思わず悲鳴のような返事をしてしまった。 普段なら驚かないような慎ましい音だったのだが、それだけ考え込んでしまっていたらしい。 「……え、えと、お姉ちゃんかな?」 ドアの向こうの人物に声をかける。 翔太は仕事だし、シュヴァルツは紳士なので夜という時間帯に女子の部屋にやってくるとは思えない。BBはすでにお休み中だ。 だとすると色香である可能性が高く、あの慎ましいノックの音もイメージにあう。 「う、うん……」 ぽそぽそと言う色香の声が聞こえると、真央は部屋のドアを開けて姉を招き入れた。 「どうしたのお姉ちゃん?」 とりあえず落ち込んでいる顔のままだと心配されると思い、笑顔を浮かべる真央。 「う、うん。あのね。いいものを作ったの」 真央と目を合わせるのも恥ずかしいのか、部屋の床に視線を落としたまま色香が言う。 作った? その言葉に嫌な記憶がよみがえりそうになった。 「えーっと……もしかして」 「体重が軽くなる秘薬なの」 やっぱりですか。 真央の脳裏に、前回の秘薬による大惨事がはっきりと蘇る。 「秘薬は……ちょっと」 苦い体験から、即座に拒否をした。 「い、一生懸命作ったの。 真央ちゃんこれで軽くなるの。 たくさん運動しなくていいし、好きなものいっぱい食べられるの」 しかし色香は引き下がらず、目を潤ませて訴える。 真央はその瞳と懸命さに、きゅっと胸が掴まれる感覚を覚えた。 「……それに、一緒に甘いもの食べられないと寂しいの」 ここでこの追い討ちは反則だ。 真央は心の中でそんなことを思いながら、一考する。 カロリーコントロールに食事制限でも減らない体重。これはもう普通じゃない。普通じゃないんだったら、普通じゃない方法を使ってもいいんじゃないかな? ……もちろん都合のいい言い訳だが、それを飲みこんでしまう。 何より、色香の好意を無駄にしたくなかったからだ。 「ありがとう。お姉ちゃん。 飲んでみるね」 色香が差し出したいつものガラスの小瓶を受け取り、蓋を開ける。 「………………」 そこで再び思い出す。 「えっと、味は? ものすごく甘かったり、辛かったりしない?」 前回はそれで大ダメージを負った。同じ轍は二度と踏まないようにしないといけない。 「甘くも辛くもないの」 とりあえず激甘、激辛では無いようだ。 よしっ。 真央は覚悟を決める。 運が良ければこれでダイエット生活ともおさらばだ。 ゴクッ。 ほんの一口の秘薬。 しかし、その効果はいつも絶大だった。 「すっぱぁあああ!」 首のリンパ腺のあたりに激痛を覚える衝撃が真央を襲う。 確かに甘くも辛くもなかった。しかし今回は、レモン何十個分かの酸っぱさが凝縮されていた。 「お、お姉ちゃん。 次からは、甘くても、辛くても酸っぱくてもいいから、控えめな味でよろしくね」 まぁ、なんとなく予感はしていたので、ある程度ダメージは軽減できたが、それでもつらいことには変わりない。 真央は次が無いとも限らないため、先手を打ってリクエストをしておくことにした。 色香はそれにコクコクと頷いているが、わかっているかどうかは微妙だった。 「……体重、減ったのかな?」 パッと見た限り体型に変化はなさそうだ。 まぁ、4キロ太っても体型の変化に自覚がなかったのだから、こんなもんかもしれない。 ふと軽くジャンプすることを思いつく。もしかしたら、軽さを体感できるかもしれない。 「えっ!?」 軽く床を蹴った次の瞬間、天井が迫っていた。 ゴッ! 予想外のことに反応が遅れ、天井に頭を打ってしまい、鈍い音と痛みが走る。 「な、な、な……」 真央はジンジンと痛む頭をさすりながら呆然とする。 「気をつけなきゃダメなの。 真央ちゃんにかかる重力は十分の一になってるの」 ……………………。 「だから気をつけないとダメなの! でも、真央ちゃんすっごく軽くなったの」 ………………。 嗜める困り顔から笑顔に移り変わる様も美しい。 真央は色々と言いたいことはあったが、とりあえずこの状態を解除する秘薬の作成を頼むことにした。 |
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