魔王じゃないもんっ!
「第8話 太ってないもんっ!」


−2−

「ぽっこりお腹〜」
 そんなとぼけた声と共に訪れたのは、全身に鳥肌が立つような感覚だった。
 いつの間にか急接近してきた翔太にお腹を撫でられていたのだ。
 不覚。
 いつもなら接近されれば気が付くことが多いのだが、満腹感により完全に気持ちが緩みきっていた。
「……お、お兄ちゃん?」
 真央は青筋を立てて、口元をひくつかせる。
 お腹を触られたことも怒りの理由だが、それに加えてぽっこりお腹という屈辱的な言葉が怒りを増幅させた。
「まさか……妊娠−」
「違うに決まってるでしょっ!」
 あらぬ方向の勘違いを速攻で否定。
「そうだよね。まだ始まってないんだから妊娠するわけ−」
「デビルスウィィィィングッ!」

 スパコーーーーン。

 そして、危険なボケを即座にデビルスウィングで阻止だ。
 今日も今日とて翔太は高速回転しながらお空の向こうに飛んでいった。
 食後の運動のごとく、平然とした顔で後処理をする真央だったが、そこで家の呼び鈴が鳴る。
「はーい」
 真央は少しだけ焦ったが、すぐに天井の修復を済ませて玄関のドアを開けた。
「ちわーっす。お届物ですー」
 玄関先にいたのは、青と白のストライプの制服を着た宅配員。高さの低い段ボール箱を持って立っている。
 真央が荷物を受け取り、捺印をすると、宅配員は爽やかな笑顔とともに去っていった。
「何だろう?」
 70cm四方高さ20cmほどの箱はやや重く、「精密機器」のシールが貼られている。
 宛て先を見ると「出門 芝流津」と書かれているがこれは誰のことだろうか。
「おおっ! それはもしやっ!」
 真央が訝しげな表情で荷物を見ているところに、シュヴァルツがふよふよと近づいてくる。
「やはりっ! やっと成果が出ました!」
 荷物を見てなんだか嬉しそうなシュバルツの様子に、真央は宛て先の名前が誰を指しているかわかった。
「芝流津……しばるつ……シュヴァルツ……」
 暴走族じゃないんだからというツッコミが出そうになったが、シュヴァルツが騒ぎそうなので、グッと飲み込み、もっと大事なところを質問する。
「成果が出たって?」
「ハイ。実はワタクシ、懸賞をやっているのです」
 想像できない回答に思わず吹き出しそうになるが、再びグッと堪えた。
「な、なんでまた」
「ハイ。
 翔太様もリリス様も働いておられるにも関わらず、ワタクシは何もしていない。
 このままでは穀潰しになってしまう、何か仕事は無いかと翔太様に相談したところ、この懸賞を教えてくださったのです」
 懸賞は仕事じゃないというツッコミも、またまたグッと飲み込む。
「翔太様がはがきと懸賞ライフなる雑誌を用意してくださり、私がはがきに記入を行う。
 本日も1000通ばかり書きました」
 シュヴァルツは少し自慢げに言って、魔法で運んできたはがきの束を見せつける。はがきに書かれている文字は物凄く達筆だった。
「お、お疲れさまです」
 真央はいろいろ考えた末、特に止めないことにした。とりあえずシュヴァルツが満足しているならそれでいいし、何か他にやらせることも思いつかない。
 当たって困るようなものもあるだろうが、とりあえずこの家の倉庫はかなり広いので、置き場所に困ることは無いだろう。
「これ何なんだろう。シュヴァちゃん開けていい?」
「もとより出門家のためのもの。私に断らずともどうぞお納めください」
 シュヴァルツの言葉を受け、梱包を解いた真央は微妙な表情をした。
「体重計……」
 要らないものではないが、欲しいものでも無い。それに出門家にはすでにひとつあったはずだ。
 最近まったく使っていないが。
「どうですか、お役に立つでしょうか?」
 ズズイと距離を詰めてくるタイヤキ。もといシュヴァルツに、真央は愛想笑いと「ちょうど新しいのが欲しかったんだ」という、優しさ溢れるねぎらいの言葉をかける。
「おおっ! このシュヴァルツ!
 これからもお役に立ってみせます」
 すると感動に打ち震えているのか、小さくバイブレーション。その後はペンをくわえて、物凄いスピードで懸賞はがきを仕上げていく。
 加えた口を微妙に動かしつつ、ダイナミックに筆を動かすときは身体ごと移動。
 真央は正月にTVでよく見る、巨大書初めを思い出す。
 懸賞はがきを受け取る側も、まさかこの達筆な文字が、このような方法で書かれているとは思わないだろう。
「あ、あはははは」
 真央はそんなことを思いながら、引きつった笑いを浮かべるしかなかった。



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