魔王じゃないもんっ!
「第7話 姐御じゃないもんっ!」


−9−

(何なんだこの女)

 拳が当たらない。
 ストレート、フック、ジャブすらも。

 蹴りが当たらない。
 ハイキックはもちろん、ミドル、ローすらも。

 攻撃力重視の攻撃から、牽制の避けにくい攻撃もすべて躱される。
 躱し方はどれも、身体の位置を動かすだけ。
 最小限の動きで、勇司の攻撃をすべて回避している。
 それだけでも不可解なのに、時折色香が放つ攻撃が不気味だった。
 基本的に蹴りが主体だが、そのすべてがクリーンヒット。にもかかわらず、威力がほぼ無いに等しい。
 子供にはたかれた程度しかないのだ。
(なんだこれは)
 繰り出す攻撃はすべて当たらず。
 相手の攻撃はすべて避けられないくせに威力が無い。
(手加減されてる? この俺が?)
 そう思う中あることに気が付いた。
 徐々に、本当にわずかだが、相手が繰り出す攻撃の威力が上がってきている。
(……どういうことだよ)
 色香は勇司の中で生まれた疑念をあざ笑うかのように、涼しい顔をしてこちらの攻撃を避け続ける。
 勇司は背筋に冷たいものを感じた。
 最初は所詮女の攻撃だと、蚊に刺された程度の痛みしか感じなかった。
 だが今はどうだ。今は確かな痛みを覚えている。
 まだ分厚い筋肉のおかげで致命打となってはいないが、このまま威力が上昇していったら?
 立て続けて攻撃をしているために噴き出していた汗、それとは違う種類の汗が流れてくるのを感じた。

 華麗に避け、華麗に当ててくる。
 見惚れるような動きだった。
 怯えきっていた行列客たちもこの女の動きに見入っている。
 運動量を最低限に抑えているにしても、この女は息切れすらしていない。

 どういうことだ。
 どういうことなんだよっ!

 それは明確な恐怖だった。
 しかしこのまま引き下がるわけにはいかない。
 負けるわけにはいかない。
 自分にとってケンカで負けることは破滅を意味する。相手が女なら尚更だ。

 しかし、勝てる気がしない。

 じわじわ上がっていく攻撃力。
 嬲り殺しとはこのことだった。そして、精神的な苦痛だけだった時間が、明確な肉体的な苦痛が伴うようになった。

 倒れるほどではない。
 まだまだ耐えられる。けれど、こんな状態が、攻撃に耐えられなくなるまで続くのか?

 もうカンベンしてくれ。
 いっそ一撃で沈めてくれ。

 まだまだ強い攻撃ができるんだろう。
 こんな気の狂いそうな方法で痛めつけないでくれっ!

 いっそ逃げ出したいと思ったが、プライドがそれを許さない。

「おーい、色香。何やってんだ?」

 そこに、場の空気にそぐわない、暢気な声が響いた。
 声の主は背の低い金髪の男だ。

「お兄様っ!?」

 女の表情が変わる。
 それとともに、迫っていた蹴りのスピードが増した。

 わき腹にクリーンヒットする、美しい足。
 その威力は、勇司の意識を失わせるのに充分な破壊力だった。


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