魔王じゃないもんっ!
「第7話 姐御じゃないもんっ!」


−10−

「おおーっ!!」
「色香さん強いっ!」
「サイコーだよ色香さん!!」
「ありがとう!」
 沸き立つ行列客。
 その声は夢見通どころか、その周辺地区をも揺るがしていた。
 圧倒的な存在感と強さを見せつけ、絶対的な暴君としてこの場所を蹂躙していた巨漢が沈んだ。しかもそれが、美しい女性のよるものだとなれば興奮してしまうのも頷ける。
 歓声は大きくなる一方で、数分後にはお祭り騒ぎとなっていた。

 その中心人物たる色香は、大勢からの称賛よりも、翔太が自分を見ていることが一番の気になることだった。

(お兄様が突然現れたから、力加減を間違えちゃったけど、みんな喜んでくれてるから、問題ないのよね……)
 翔太の表情はとても楽しそうで、とりあえず怒られたり、嫌われたりするようなことは無いようだ。
 むしろこのお祭り騒ぎを喜んでいるように見える。
(これは……もしかしてチャンス!?)
 間違いなく翔太の意識は自分に向いている。それに機嫌がとてもよさそうだ。
(今こそ……)
 色香は、チャンスを最大限に活かすため、身体にグッと力を込めて気合を入れる。
 そこにようやく動けるようになったマサとトシが近づいてきた。
「いや、本来ならこういう輩の相手をするのは、俺達の仕事なんだが、不甲斐なくて申し訳ない」
「色香さんがこんなに強いとは知らなかった。
 あのままだったら、客にも迷惑がかかってたかもしれない。
 改めて例を言わせてもらうぜ。ありがとう」
 紳士的な謝罪と謝礼。
 それによりさらに沸き立つ夢見通の客たち。
「ありがとう! みんなを守ってくれて!」
「色香さんカッコイイ!!」
 人々の感謝を受ける色香は思った。

 このタイミングだ! 今しかないっ!

「別にみんなのためにやったわけじゃないんだからね。
 ただ、あいつが気に入らなかっただけで……ただそれだけなんだからね」

 いつもの色香からは考えられない、張りのある声。

 タイミングバッチリ!

 色香は決まったと思った。
 毎晩勉強したツンデレ妹の台詞だ。
 ゲームから様々な「可愛い妹」を学んだのはいいが、それを実演するタイミングはなかなか訪れない。
 こんなこともあろうかと、一人で練習した甲斐があった。
 我ながら見事なまでのツンデレ妹。これならお兄様も萌えてくださるに違いない。
 色香は期待を込めて、翔太の反応を見た。

(あれ?)

 翔太は無反応。

(あれ? あれあれ?)

 それどころか、あれほど沸き立っていた行列客もシンと静まり返っている。

(な、何か間違ってた!?)

 色香が不安に駆られそうになったその時。

「カッコいいぃいぃぃいい!」

 怒号のような歓声が起こった。
「色香さんカッコよすぎますっ!」
 カッコいい?
 期待したのと全く違う賞賛の言葉が飛び交う。
「くぅぅぅうぅ!!
 こんな熱い気持ちになったのは久しぶりだぜ」
 何かこみ上げるものをグッと堪えるように、マサが高まる感情を吐露する。
「色香さん……今日から姐御と呼ばせてくれっ!」
 そして、次はトシから、これまた予想外な言葉が飛び出した。

(あ、姐御?)

 呆然とする色香。

 目指したのは可愛い妹。
 萌え要素フルスロットルのツンデレ妹。

 なぜ、なぜこうなるの?

 色香は意味がわからなかったが、至極当然のことであった。
 あの台詞を口にした時の色香の声は、低く鋭かった。
 声が萌え要素とは程遠く、さらに真剣そのものの顔では、可愛いと感じるはずもない。
 ここにいる全員の目にはこう見えたのだ。
 色香は凛々しく美しい女戦士。
 不甲斐ない自分たちの代わりに敵を討ってくれた。
 しかし、その功績を決して奢ることはない。
 厳しく聞こえるその言葉は、敵を倒せなかった戦士たちに気を遣わせまいとあえて選んだ言葉に違いない。
 強さの中に優しさを宿す、モノノフのような女性。
 間違っても、ツンデレ妹には見えなかったのだ。

「姐御! ピッタリだ!」
「おおっ! じゃあ、色香さんはこの夢見通の姉御だっ!」
「いやいや、三反の姉御だっ!」
「そうだそうだっ! 色香さんは三反の姉御だぁあ!」
 自分の望まない方向にどんどん盛り上がっていく行列客たち。

「ア・ネ・ゴ! ア・ネ・ゴ!」

 必至に抗議しようと思ったが、その異様な盛り上がりを見せる客たちに、弱気な色香が抗議できるはずもなかった。


 この日から、色香の占いの店は「三反の姐御の店」として、ますます客足が増えたと言う。






第10話 姐御じゃないもんっ! 完





次回予告





 最近話題のメタボリックシンドローム!
 ウェスト85cm以上ならメタボって言われているけど、本当はそれだけじゃメタボとは言えないんんだよ。
 それに高コレステロール、高血圧、高血糖なんかが加わったときに、はじめてメタボリックシンドロームって診断されるんだって。
 だからパパはメタボなんかじゃないんだよっ!
 たとえウェストが1m越えててもっ!
 体脂肪率なんて無いに等しいんだからねっ!

 次回、魔王じゃないもんっ!第8話「太ってないもんっ!」。

 ……ふ、太ってないもんっ!
 太ってないもんっ!



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