魔王じゃないもんっ!
「第7話 姐御じゃないもんっ!」


−1−

 衝撃と共に夢の世界から現実に引き戻される。

 今までそんなことは無かったけれど、この屋敷に来てからは、こういうことは結構な頻度である。だからもうすっかり免疫がついてしまっていた。
 衝撃と共に訪れた重圧は継続的。
 そこから察するに乗っかられているんだろう。
 こんな起こし方をするのは、粉雪、風香、真夏あたりか。
 いや、真夏にしては軽すぎるからおそらく粉雪か風香だろうな。
「もう少し寝かせてくれ。昨日は遅かったんだ」
 俺はそう言って布団に潜り込む。 粉雪か風香なら無茶な起こし方もしてこないだろう。
 実は昨晩、深夜番組に見入ってしまって睡眠時間が足りないのだ。もう少しまどろむ時間が欲しい。
 それに可愛い妹の「起きて〜、遅刻しちゃうよー」なんて困った声を聞きながら微睡むのは最高なんだ。

「この! 起きなさぁぁい!!」

 しかし、聞こえたのは困った声からは掛け離れたものだった。いや、その声なんてかわいいものだ。
 続く爆音に比べれば。

 世界中のドラマーが狭い空間で一気にリズムを刻み出したかのような、ありえない音量。
「だぁぁああああ! うるせぇぇぇ!!」
「きゃあ!」
 勢いよく跳ね起きると、爆音に紛れて可愛い悲鳴がひとつ。
 それとともに鳴り止む音。
「ちょ、ちょっと! なんてことするのよっ!」
 必死の抗議も、ひっくりかえって無様な格好をしていては情けないだけだった。
「コラ美鳥! 爆音目覚ましは使うなって言っただろうが!」
 美鳥。
 俺の下から二番目の妹。
 見た目はまるっきりガキそのものなのに、博士号をもっている天才児でマッドサイエンティスト。
 こいつの発明品は時には便利だが、迷惑なものが圧倒的に多い。例えばこの目覚ましのように。
「ふん!
 最初は使わずに起こしてあげようと思ったのに、全然起きないからいけないんでしょ!」
 べーっと舌を出す美鳥。
「みぃちゃーん。
 すごい音がしたけど大丈夫?」
 まったくかわいくねぇなぁなんて口に出そうになったところで、粉雪が部屋に入ってくる。
「でもすごい音がしたってことは、乗っかり起こしは失敗しちゃったんだね」
「ちょ、ちょっと粉雪姉さん!」
 あははと笑う粉雪。慌てる美鳥。
「どういうことだよ?」
「あはは、『兄が気持ち良く起きれる方法教えて』って聞かれたから教えてあげたんだよ」
「わーわーわーわー」
 確かに美鳥にしては珍しい起こし方だったが、そんな背景があったのか。
「なんだ美鳥。気をつかってくれたのか」
「お兄ちゃんもお兄ちゃんだよ。『最悪の起こし方すんな』とか言ったんでしょ」
 あー、確かにこの前言った気がする。なんだ、美鳥は気にしていたからあんな起こし方をしたのか。
「べ、別に兄のためにやったわけじゃないんだからっ!
 兄が不機嫌だと家の雰囲気が悪くなるから……それで」
 この状況でそんなことを言っても照れ隠しにしかなり得ない。
「そーかそーか。でもありがとな」
 いじらしくかわいい妹の頭に手を乗せて撫でてやると、美鳥の顔は真っ赤になっていく。
「あ、兄のばかぁぁぁあぁ!」
 やがて恥ずかしさが限界値を突破したのか、逃げるように部屋から出て行った。
「いやー、みぃたん萌えますなぁ。ツンデレですよツンデレ」
 去っていった美鳥の後ろ姿につぶやく粉雪。
「うむ、たしかに可愛いな」
 そんな粉雪の呟きに、俺は大きく頷いた。


*****

「お姉ちゃん、朝ごはんできたよー」
 色香はノックの音と可愛らしい声にハッとする。モニタに完全に意識が奪われていたようだった。

「お姉ちゃん、開けるよ」

 しばらく返事をしなかったせいで心配したのか、真央が遠慮がちにドアを開いて様子を伺って来た。
「お、お姉ちゃん、また徹夜でやってたの?」
 そして小さなため息一つ。
 モニターに映っていたのが「シスター☆エンジェル」という、翔太の好きな恋愛SLGだったからだ。
「あ、お、おはよう」
 やっと返事をする色香は、完全にゲームの世界に入り込んでいたようだ。
「ね、ねぇ面白い?」
 そんな色香に真央が質問。
 このゲームは男性向けゲームであり、色香のような大人の女性はあまりやらない。
「う、うん。かわいい妹の勉強になるの」
 屈託の無い笑顔で即答。
 ゲームのキャラが「かわいい妹」の基準になっていることに複雑な想いを秘めつつ、「翔太好みの妹」であればそうは外れていないかと、特に気にしないことに決めて色香と共にリビングへ向かった。


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