魔王じゃないもんっ!
「第7話 姐御じゃないもんっ!」


−7−

 色香の胸、もとい、色香の店を中心に盛り上がる夢見通は、翔太が勤めているホストクラブを経営している龍星会という、いわゆる堅気ではない組織が取り仕切っている場所である。
 色香がこの場所に店を出しているのは、翔太の口利きがあったからだ。
 この三反には龍星会の他に虎月会という同系の組織が存在し、権力争いで小競り合いが起きることもあった。
 龍星会のマークは星空に舞う龍。虎月会のマークは三日月に身を乗り出す虎。系列店にはそれぞれそのマークがどこかしらに入っており、構成員はバッチをつけている。
 もちろん色香の店も例外では無く、看板の左下に慎ましく龍星会のマークが付いている。これが無ければ無断で龍星会の管理地区で商売をしたとして、厳しい修正が待っているのだ。
 なお、色香も翔太も龍星会の構成員という訳ではない。
「いやー、出門の兄さんも妹の色香さんも、おもしろい上にしっかり稼いでくれてありがたい限りだな」
「まったくだ」
 そんな色香の店を遠くから見守る二人が、強面の顔を少しだけ緩ませて会話をしていた。
 二人はブランドものジャケットをカジュアルに着崩していて、堅苦しくない雰囲気で着こなしている。その胸に光る龍星会のバッチもさりげない。
 二人は夢見通周辺の管理を任されている、龍星会のマサとトシ。マサは頭が切れ、トシは腕っ節が強い。
 「マサトシ」と二人の名を略されると、怒り狂うことを抜かせば非常に優秀で、管理地区の店の人間との関係も良好だった。
 そんな二人の緩やかだった顔が、徐々に険しいものに変わっていく。この地区には異端とも言える影を見つけたからだった。
 190センチを越える長身。スーツを着てはいるが、内側の筋肉がわかるほど盛り上がっているため、ひどく窮屈そうでまったく似合っていない。
 腕っ節だけで成り上がったのだろうと思える粗暴さしか感じられない着崩しが、似合わなさに拍車をかけている。そして、だらしなくひっかけている上着には、虎月会のバッチが付いていた。
 連れは3人。いずれもゴロツキと呼ぶに相応しい、少し実力のある人間であれば鼻であしらえるタイプの雑魚だった。
 二人はまだ動かない。
 ただの客であればいい。虎月会だからと言って、客として扱わないようなことはしない。客には優しく、敵に厳しく、それが龍星会だ。
 4人は行列の客をからかいながら、ズカズカと前へと進んでいる。近づいてきてわかったが、長身の男は顔が赤らんでいおり、少なからずアルコールが入っているようだった。
「おんや〜? 風俗店に小学生が来ちゃいけませんねぇ?」
 そして、順番を次に控えていた安吉の前で止まり、眉間に皺を寄せながらドスの効いた声で声をかける。
「ふ、風俗店じゃありません……」
 安吉は思わず目を逸らしてしまいながらも、小さな声で主張して見せた。
「乳揺れ鑑賞だろうっ!? 立派な風俗じゃねぇかっ!」
 今度は怒鳴り声。
 長身、表情、声。そのすべてが恐怖を呼び込む。目の前に立っていた安吉は悲鳴を上げてガタガタと震え、何もできなくなってしまった。
「ハイハイ、落ち着いてくださいねぇ」
「ここは占いの店ですよぉ?」
 そこに割って入るマサとトシ。
「ンダコラァ?」
「ヤンノカゴラァ!?」
 その二人に反応したのは取り巻きの3人。
「ケンカがしたいのなら、我々が引き受けますよ?」
 ゴキゴキと手を鳴らすトシ。
「虎月会のケンカは安いけど、粗悪ですからあまり買いたくは無いんですけどね」
 フゥと一息つくマサ。余裕たっぷりの態度に3人はいきり立った。
 殴りかかる3人。

 しかし勝負は一瞬。
 トシはカウンターパンチにて2人を沈め。マサは1人の腕を取って投げ飛ばす。
 剛と柔。まさしくそう呼べる二人の戦い方だった。
「あんたが責任者でしょ?
 お行儀の悪い三下を連れて大人しく帰ってくれませんかね」
「それとも三下と一緒に救急車で帰るのを選びますか?」
 二人で長身の男を睨みつけて、皮肉交じりの脅し文句を放つ。ヒーローのような二人に、行列客は小さく歓声をあげた。
 長身の男は、挑発に乗ることなくニンマリと笑うのみ。
「ここは面白れぇなぁ!
 すげーオッパイの姉ちゃんはいるし、ケンカ相手もいるしよっ!」
 そして、すぐさまマサに向かって蹴りを放った。
 マサは合気道と柔道の心得がある。相手の力を利用する技が得意だった。
「なっ!?」
 しかしその蹴りは、マサの反応速度を超える速さで迫ってくる。
 避けることも返すことも出来なかった。
 丸太のような足はマサの腹にクリーンヒット。派手に吹っ飛び、壁に身体を打ち付ける。
「マサ!?」
 マサを目で追うトシ。
「仲間の心配してる暇はねぇだろ!」
 再び放たれた蹴りの標的はトシ。今度は軌道が高く、頭を狙っているようだった。
 トシは急いで腕で頭をガードして衝撃に供える。
 だがその衝撃はガードを突き抜けて脳に衝撃を与える威力だった。
 世界が揺れ、地面が傾く。
「ガッ……」
 そしてトシは久しぶりに地面の味わうこととなった。
「ハッ、龍星会で腕っ節が強いって聞いたから遊びにきたのに、こんなもんかよ!?」
 一撃で動けなくなった二人を見下すように言い放ち、馬鹿笑いをするこの男の名は馬場勇司。
 実力はあったが、ルール違反ばかりで、業界を追われた格闘家崩れだった。


6へ 戻る 8へ