魔王じゃないもんっ!
「第7話 姐御じゃないもんっ!」


−5−

 本日の引きこもり魔法は約10分。
 戻ってきた色香は気を取り直し、掃除洗濯をテキパキとこなした。
 気が付くと時計の針は真上を指している。昼食の時間だったが、別段食事を摂る必要も無い魔族な面々にとってさほど意味はない。天駆がスキムミルクを飲むぐらいだ。
 しかし、色香はあえてキッチンに立つ。
 料理というのはとても便利であることを学んだからだ。
 料理が上手ならそれはそれで萌え要素。さらに、下手くそであってもそれはそれで萌え要素になるのだ。
 どう転んでも萌え要素。
 シスター☆エンジェルで萌え要素を学んだ色香にとって、料理は「しなきゃ損」なものという認識になっていた。
 さぁ何を作ろうか。
 何を作ろうかと言っても、色香はほとんど料理らしい料理を作ったことが無い。
 作ったと言えば、料理禁止令を出された原因となった、人知を越える激甘の物体ぐらいだ。
 せっかくだから翔太の好物をと思ったが、そもそも翔太の好物がピンと来ない。
 真央の料理はどんなものでも喜んで食べ、魔界ではほんとど食べ物を口にしなかった。
 うんうんと唸りながら考えてたどり着いたものは「すごく美味しいもの」だった。
「さてと」
 色香はその指針に従いプランを練り始めた。
 すごく美味しいもの。
 美味しいと感じる要素としてうま味成分があるのは知っている。有名なところではグルタミン酸などか。
 つまり美味しいものを突き詰めれば、うま味成分が大量に含まれるものということになる。
「よしっ!」
 方向性の決まった色香は、気合を入れて料理を開始した。

 数十分後。

 出来栄えを言うなら完璧の一言に尽きる。気弱な色香でもそう思える会心作。
 喜び勇んで兄の部屋へ。

「お、お兄様。
 あの、あのね。料理を作ってみたの。食べてみてくれない?」
 ノックとともに声をかける色香。返事が来るまでの時間、ドキドキと高鳴る鼓動。
 翔太は気分屋である。気が向かなければ、軽く断られてしまうだろう。そうなってしまってはこの会心作は無駄になってしまう。
「へー。
 どんなの作ったんだ? 部屋、入ってきていいから見せてみろよ」

 ぱらぴろり〜ん!

 色香の脳内で、シスター☆エンジェルで使われている、ポジティブなイベントが発生した時のSEが鳴り響いた。
「お邪魔します、お兄様」
 喜色満面の顔を引っ提げ、おずおずと翔太の部屋に入る。
「で、どんな料理を作ったんだ?」
「は、はい。これです!」
 翔太にそう促された色香は、自分の料理を差し出した。
「………………」
 翔太はそれを無言でまじまじと見つめる。
(ああっ、見られてるっ! お兄様に私の料理を見られてるっ)
 恥ずかしさと嬉しさが入れ混じり、色香の体温はどんどん上昇していた。
「これが料理?」
 翔太はジト目で色香が料理と称するものをつまみあげる。
「は、はい。とってもとっても美味しい料理です」
「いや、これクスリだろ」
 翔太がつまみ上げていたのは、色香愛用の小さなガラス瓶だった。
 ビンのなかにはドロリとした液体が入っている。
「いろんな食べ物からうま味成分を取り出して濃縮したの……。だから絶対美味しいはずなの。
 ……た、食べてみてほしいの」
 控えめに声を出しながら体をくねらせる。
 早く食べてほしい。美味しいっていってほしい。ほめてほしい。
 そんな欲求が体を無意識に動かしていたのだ。
「こんなの料理じゃねえ!」
 翔太はビンを魔法で燃やし、消し炭に変えながら怒鳴った。
 欲求と掛け離れた相手の反応に、頭はショートしそうになる。
「うま味成分抽出濃縮?
 アホかおまえはっ!」
 翔太は呆然としている色香に容赦の無い罵倒を浴びせた。
「料理ってのは、食材を美味しくいただくための工夫だ!
 言わば食材に愛を込める作業なんだよっ!!
 それを美味しい部分だけを取り出して濃縮? そんなものに愛があるかっ?
 無いねっ! 全然無いっ!
 だからおまえの作ったものは料理なんかじゃねぇ!
 ゴミ以下の物体だ!」
「あ、ああぁ……」
 とめどなくぶつけられる辛辣な言葉に色香は涙を浮かべながらも、なぜか顔を赤くさせていた。

 お兄様が叱ってくださってる。
 ああ、お兄様が……私に感情をぶつけてくださっている。
 やっぱり料理ってすごい!
 料理サイコー!!!

 褒められることはなかったが、色香は違う種類の幸せにうち震えていた。
 
 

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