魔王じゃないもんっ!
「第7話 姐御じゃないもんっ!」


−3−

 香月蘭子と丘ひとみは、真央と特に仲のよい友達であり、遠回りであるにも関わらず、毎朝真央を迎えに出門家にやってくる。
 いつも余裕をもって早い時間に来るのだが、最近は今までより5分ほど早い。
 朝練があるなどの、早く来なければならない理由がある訳ではなく、もっと他の理由があった。
「おはよう、お兄さん!」
「おはようございますお兄さま」
 ほんのり顔を赤らめて挨拶する二人。
「やぁ、おはよう。
 今日も元気があっていいね。僕まで元気になってくるよ」
 さわやか笑顔で応えるのは翔太。
 それを受けて二人の顔はますます赤みを帯びていく。
 二人が朝早く来る理由は、これだった。
 二人にとって翔太は素敵で爽やかなお兄さん。顔は奇麗な作りをしているし、ホストをしているだけあって話術も秀逸。これで憧れを抱かないわけがない。
「もう、お兄ちゃん。毎朝毎朝外まで見送らなくていいよ」
 しかし実態を知っている真央は、親友二人をあまり翔太に近づけたくなかった。
「そっか、ごめん。僕が毎朝顔を出したら恥ずかしいよね?
 でも、心配でつい……」
 兄翔太は真央の言葉にショックを受けた素振りを見せ、肩を落とす。
 そしてポツリと一言。
「明日からは気をつけるよ……」
 物憂げなその表情には、無言の訴えが秘められている。それは真央に対するメッセージのように見えるが翔太の狙いは違う。
「コラ真央っ! お兄さんを邪険にするなコノヤロー」
「そうだよ! こんないいお兄さまなのにっ!」
 蘭子のヘッドロック、ひとみのうるうる目説得が真央に炸裂。
 肉体、精神にダメージを受けている最中に翔太をちらりと見ると、ニヤニヤと笑っていた。
「兄不幸者はこらしめましたっ!」
「真央ちゃん、きっと照れてるだけですからっ! 明日からも見送ってあげてくださいっ!」
 真央に直接注意する蘭子、翔太への気遣いをするひとみ。二人の行動は対照的であり、それゆえ補完し合う。
「ありがとう二人とも」
 そしてお決まりの翔太スマイルで、二人は幸せ世界へと旅立つのだ。
 毎朝5分程度の会話はすでにお約束になっている。
 しかしそんなお約束風景に、いつもと違うものが混じっていた。
「ま、真央ちゃん。家の扉の隙間からこっちを見てる人がいるんだけど……」
 蘭子のヘッドロックからようやく解放され、軽く咳き込む真央にひとみがひそひそと告げる。

 じぃぃぃぃぃいいいい。

 ついさっきも感じた、擬音がつくほどの強い視線に小さくため息。
「なんだ今日は色香もお見送りか?」
 真央のため息を尻目に翔太が軽快な動きで扉を開け放つ。
「きゃっ」
 ドアに身を寄りかからせていたのか、小さな悲鳴とともにバランスを崩し、よろめくように表へ出て来る色香。
「うわぁぁああああ!」
「すっごい美人!!」
 色香が姿を現すとともに沸き上がる歓声。
「スタイルもすごくいい!」
「モデルさんみたーーーい!」
 蘭子とひとみが黄色い声で色香を絶賛していた。
「もしかして真央のお姉さん!?」
「う、うん」
「すごーいっ!」
 真央が蘭子の推測を肯定すると、さらに色めき立つ二人。
「初めまして! 香月蘭子です」
「丘ひとみです!」
 そして自己紹介。
「わ、私……は、色香」
 二人の勢いに色香は気後れ気味だ。
「名は体を現すですねっ! 大人の女性って感じで素敵です!」
「アタシも断然憧れちゃうっ」
 蘭子とひとみの盛り上がりに真央はぽかんとしていた。
 だが盛り上がるのは当然のこと。
 色香は魔界でも最高クラスの美貌を持つ存在。人間界でもその魅力は高く評価される。
 普通の女子小学生である二人が興奮して我を忘れてしまうのに、充分な材料なのだ。
「あ、ありがとう。
 蘭子ちゃんと、ひとみちゃんもとってもかわいい」
 色香は真っ赤になりながら、たどたどしく二人をほめる。それによって二人のテンションがさらに上昇。
 しかし次の言葉が、そのテンションを急下降させた。
「蘭子ちゃんはボーイッシュ元気っ子で、ひとみちゃんは知的でおとなしいメガネっ子系。
 も、萌え要素バッチリ……」

 ヒュオォオオオオ。

 冷たい風が二人を吹き抜けた気がした。
 近頃はすっかり有名になりつつあるにも関わらず、どちらかと言えば嘲笑のネタにされることの多いそんな言葉。
 絶世の美女がそれを口にすることによる二人のショックは計り知れなかった。
 ぱくぱくと口を開き、真央に視線を向ける二人。真央は真央で呆然としていたが、説明を求めていることを察して必死で理由を考える。
「色香はテレビとか漫画とかで日本語を覚えたから、ちょっと使い方を間違っちゃうことがあるんだ」
 そこに爽やか笑顔で翔太がフォロー。
「そ、そうなの。アハハハハ!」
 姉がこんな言葉を使うようになった元凶である兄がいけしゃあしゃあとこんなことを言うことが納得できなかったが、今は姉の名誉を守る方が大切だと話を合わせる。
「そ、そうなんだぁ!」
「テレビとかで最近変な言葉がよく出てきますしね!」

 あっはっはっはっはっ。

 意味がわからない色香を除く、残りの4人で盛大に笑って円満解決。
「あ、随分話し込んじゃったから急がないと!」
「ほんとだっ」
 携帯電話の時計を見てあわてる面々。
「それじゃあお兄さん、お姉さん、いってきます!」
「いってきます。お兄さま、お姉さま」
「いってきまーす」
 そして3人は元気に走っていった。
「お兄様はあの子達のこと気に入ってるの?」
 3人の背中を見送ったあと、色香がおずおずと質問する。
「うん、かわいい子たちだからな。
 でも真央が一番さっ!」
 そう言いながら、鼻歌混じりに家に戻る翔太に、ホッと胸を撫で下ろす色香だった。


 一方。

「ところで真央さー」
「何ー?」
 急ぎ足で学校へと向かいながら、蘭子がうーんと唸りながら真央に声をかける。
「お姉さん、初めて見たような気がしないんだけど」
「あ、私も思った」
「え? どこかで会ったの?」
 二人の言葉に驚く真央。
「顔に見覚えはなかったんだけど、あの大きな胸はどっかで見たことある気がするんだよねー」
「気のせいだよっ!」
 真央は蘭子の呟きを即座に否定してみせた。


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