王じゃないもんっ!
「第6話 音痴じゃないもんっ!」


−9−

 魔音は魔力的なものではなく、どちらかと言えば物理的なものである。特殊な空気の振動の波が相手の魔力と共鳴現象を起こすのだ。
 よって、魔音は人間界の防音技術で対処できるものなのである。
 翔太はそこに目をつけ「特訓」の場に、少し高級な貸しスタジオを選んだ。防音壁、防音ガラスという耐魔音に効果のあるものに隔たれた空間。そこならば、真央も思う存分歌うことができる。
「お兄様……、真央ちゃん」
 ガラスの向こうから見守る色香。
 目には見えないが、ステルス魔法をほどこした天駆とシュヴァルツもその様子を見守っている。

 スタジオの中で、真央と翔太は険しい表情で対峙していた。
「本当に……いいんだよね? お兄ちゃん」
「僕に二言はない。さぁ真央、歌ってくれ!」
 翔太がその気になれば、練成魔法などを利用して魔音を防ぐことも可能だ。最初は突然で対処が間に合わなかったが、今なら対処も容易い。
 だからこそ、何もせずに受け入れるのは度胸が必要だった。約束された精神と肉体の疲労感と不快感に真っ向から立ち向かう。
 そして本能的な防衛反応に抗い、ダメージを受け、そのダメージ量を測定する必要があるのだ。
「いくよ……」
 真央が大きく息を吸い、歌声をあげる。

 ぼえーーーーーーーーっ!

「ぐっ!」
 迫りくる疲労感と不快感。
 気を抜けば意識が飛びそうだった。
「お兄ちゃん平気?」
 翔太が浮かべていた苦悶の表情に心配した真央が声をかける。
「のぅぷろぐれむ!
 とりあえずどんどん歌って魔音発生の法則を見つけだすんだ。
 そのためにはまだまだ情報が足りないよ。いろんな歌をいろんな歌い方で歌ってみてくれ!」
 親指を立ててニカリと笑う兄の姿はとてもたくましかった。
「……うん」
「さぁ! 遠慮せずガンガン行こう!」
 そのたくましく頼もしい姿に、真央もこの魔音の呪縛からなんとしても逃れようと覚悟を決める。

 ぼえーーーーーーーーーーー!

「ぐぅぅぅうぅっ!」

 相手を苦しめるのがわかっているのに、それを行い続けるのは辛いことだ。

 ぼえーーーーーーーーーー!

「かはぁっ!」

 その相手が親しい間柄であればなおさらだろう。

 ぼえーーーーーーーーーー!

「ぬはぁっ!」

 一方的に翔太が苦しんでいるように見えるがそれは違う。真央の心の負担も相当なものだ。

 ぼえーーーーーーーーーー!

「ほばっ!」

 見守る色香とシュヴァルツもそれがわかっている。だからこそ、熱い眼差しで二人を見守るのだ。

 まさに血のにじむようなその特訓は、連日夜遅くまで続いた。

 ***

 特訓三日目の夜。
 憔悴しきった表情の翔太がニッコリと笑って親指を立てる。
「グッジョブ!
 魔音発生率はゼロになったぜ」
 そしてそのままガクリとひざを折る。
「お兄ちゃん!」
 慌てて駆け寄る真央。同様に色香とシュヴァルツもスタジオに入る。
 なんとか膝立ちをしていたが、真央が近づくとともにゆっくりと倒れる翔太。
「ちょっとお兄ちゃん? 大丈夫っ!?」
 翔太を抱きとめ、若干の涙を浮かべながら、心配そうな声を上げる真央。
「大丈夫。真央のおっぱいでおにいちゃん元気りゅんりゅんさっ!」
 すりすりすりすり。
 胸の位置にちょうど顔があることをいいことに、そのまま頬ずりを開始。それとともに真央の顔の色が赤く染まっていく。

「デビルスウィーング!」

 スパコーンッ!

「明日は満塁ホームランだーっ!」
 翔太はそんな言葉とともに、高速回転しながらお空の星となった。


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