王じゃないもんっ!
「第6話 音痴じゃないもんっ!」


−6−

 アスラの出入りを考え、出門家のドアは一般的なものよりも二回り以上大きく、それに比例して重い。
「……ただいまぁ」
 真央にとっては慣れた重さではあるのだが、今日ばかりはその重さが恨めしく思えた。
「おかえりー真央」
「おかえり真央ちゃん」
「おかえりなさいませお嬢様」
「あぶぅあぶぅ」
 いつものように出迎えてくれる面々に対して、笑顔で応えることができないことからも、自分がかなり参ってしまっていることがわかった。もちろんお出迎えに現れた面々も、そんな真央の様子に気が付かないはずがない。
「どうした真央? 元気がないなー」
 こういうとき、始めに声をかけるのは決まって兄の翔太だ。
「うん、ちょっと……」
 心配はかけたくはないが、隠し通す自信も無いのでそう答える。
「真央お嬢様! このシュヴァルツ、お嬢様の健やかな生活を守るのが努め!
 お力になります。話してくださいませ」
 今度はシュヴァルツがドアップで迫ってくる。いつもなら吹き出しそうになるが、その気力すら沸いてこないらしい。
「ま、真央ちゃん。お姉ちゃんに何でも話して」
 精神が弱っている時の人の優しさは、否応無く涙腺を刺激する。
「うん……」
 真央はなんとか涙をこらえながら、今日のことを話し始めた。

 自分が人を気絶させるぐらいの音痴であること。
 そして、それに対して何の努力もしてこなかったことを指摘されたこと。

「真央を悲しませるなんてっ……」
 話を聞き終わった翔太が険しい顔でほのかに対する敵意をあらわにする。
「お兄ちゃん。小手岸さんは注意してくれただけだよ?
 私が落ち込んでたのは今までの自分が情けなかったからなの」
 出会った当初であれば、翔太の表情に恐怖を覚えてしまったかもしれないが、真央は落ち着いて自分の気持ちを伝えた。
「指摘を紳士に受け止め、己を顧みるその崇高なる精神。
 感服いたします。さすが魔王様のご息女です」
「むぅ……」
 そしてシュヴァルツがそう付け加える。翔太は納得しきれないところがあるようだったが、とりあえず表情を緩めた。
「へへへ、話したらちょっと元気でてきたよ。これからは毎日ちょっとずつでも練習しようっと」
 少しだけ静まったリビングの空気を壊そうと、真央は極力元気な声でそう宣言。
「ね、ねぇ真央ちゃん。
 歌ってみて……」
 それに対してそう提案するのは色香。
「ええっ!?」
 真央はその言葉に驚きを隠せなかった。自分は人を気絶させるぐらいに音痴だと聞いたあとで、そんなことを言われるとは思わなかったからだ。
「そうですな。
 リリス様も翔太様も素晴らしい歌声の持ち主です。アドバイスなど受けられたほうが成長も早いかと」
 シュヴァルツもそれに同意する。
「でも、私、気絶させちゃうぐらい音痴だし」
「ふふふ、僕らは魔族なんだよ? 人間が気絶するレベルの歌なんて、ものともしないさ」
 もじもじとする真央に翔太が胸をドンと叩いて言い放つ。なんだか自分の歌が破壊兵器みたいな扱いをされているようで微妙だったが、確かに人間よりも遥かに高い能力を持つ魔族であれば、自分の歌で気絶するようなことはないかもしれない。
「う、うん。
 歌ってみる。でも心配だから天ちゃんだけは部屋にいてもらいたいんだけど」
「確かに封魔アイテムで魔力が抑えられていますからな。
 わかりました」
 シュヴァルツは真央の提案を受け、天駆を部屋へと連れていった。
「はぁ〜なんかドキドキする」
 翔太、色香、そしてシュヴァルツの3名を目の前にして、真央の心臓はバクバクといっていた。
 思えば、歌い始めて数秒でみんな気絶してしまうので、ちゃんと歌を聞いてもらったことがない。
「じゃ、じゃあ歌います」
 大きく深呼吸。
 翔太は「よっ! 待ってました」とオヤジのようなノリで囃した。

 そして真央が歌い出す。



「ぼえーーーーーーーっ!」



 歌声とともに放たれる人を気絶させる音波。今日は聴き手が魔族であるため遠慮はいらない。
 真央は思い切って声を出して歌い続けた。

 しかし、それも長くは続かない。

 視界に入っていた翔太と色香がふっと消える。正しくは崩れ落ちるように倒れたのだ。

「お、お兄ちゃん!? お姉ちゃん!?」
 慌てて歌を止めて二人に駆け寄る。
 二人とも軽くけいれんをしながら白目を向いていた。

 まさかそんな。

 魔王の杖のフルスウィングを叩き込んでも全然平気なのに!
「シュヴァちゃん! ねぇ! これどういうこと!?」
 真央は変わらぬ様子で浮いているシュヴァルツに答えを求めた。

 ぶぶぶぶぶぶ。

 しかし様子がおかしい。
 たえず微振動を繰り返すだけで反応が無い。

「ね、ねぇシュヴァちゃん!?」

 真央が心配になり、シュヴァルツに触れたその瞬間。

 ボムッ!

「キャッ!?」

 にぶい音とともに、シュヴァルツが爆発する。

「な、なななななな……」
 アンコが散乱するリビングで、真央は呆然とするしかなかった。

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