王じゃないもんっ!
「第6話 音痴じゃないもんっ!」


−5−

 目を開くと、心配そうにこちらを見ている真央が視界に入って来た。
「小手岸さん、大丈夫?」
「え、ええ……」
 まだ頭はぼんやりとしていたが、大丈夫? という問いに反射的に肯定の言葉を返してしまう。
「ごめん……ごめんね、小手岸さん……」
 続いてくるのは、涙声での謝罪。ほのかはまだ自分がどういう状況にあるのか把握しきれていなかったため、困惑するのみだった。
 白いカーテンで囲われており、消毒薬の匂いがする。そこでやっと、自分が保健室のベッドで寝ていることに気が付いた。
 それを皮切りに、記憶がどんどん戻り、頭が回転し始めた。
「出門さん。歌が聞きたいといったのは、わたくしのほうですわ」
 真央の歌を聞いて気絶した。
 おぼろげな記憶の中にある真央の歌は、殺人音波と言っていい、文字通りの破壊力があったのだ。
 なんというか。
 下手のレベルが常軌を逸している。いくらなんでも人が気絶するレベルの音痴なんて聞いたことがない。
 これではからかうことも、身長以外で初めて得た、真央より勝るものを喜ぶこともできない。
「私、小さな頃から歌がすごい下手で、歌うとみんな意識を失っちゃって……」
 意識を失うのはほのかだけではないらしい。博美があれだけ頑なに真央に歌わせなかったのも、今なら頷けた。
「やっぱり私は歌っちゃいけなかったんだよ。
 小手岸さんが笑わないって言ってくれて、とっても嬉しくなって……」

 泣いている。
 出門真央が泣いている。

 ほのかは出門真央を妬んでいた。平然と自分の数歩先を歩き、皆に慕われている存在。努力をして必死に追いつこうとしても追いつけない存在。

 その出門真央が、弱々しい言葉を口にしながらメソメソと泣いている。

 これほど気分がいいことはない。

 ほのかが真央を単純に妬み、陥れようとしていたならそのはずだった。
 ほのかはゆっくりと体を起こし、真央を見る。
「随分と情けないですわね」
 しかし、ほのかが抱いていたのは苛立ちだった。
「あなた、歌がうまくなる努力はしましたの?」
「……え?」
 泣き顔の真央を睨みつけて叩きつけるその言葉。いつも優しい言葉をかけられる真央にとっては、初めての衝撃だった。
「どうなのかしら」
 ほのかの顔は険しく、言葉は真央を責め立てている。
「でも、歌ったら……」
 そして発想もできなかったことを告げられている。
 人の意識を失わせるほどの音痴は、自分にとってどうにもできないもののはずだった。
 パパもママも先生も友達もしょうがないと許してくれた。だから、努力して何とかしようなんて思いもよらなかったのだ。
「まったく、がっかりですわ。
 出門さんが絶望的に音痴なのはわかりました。みんなが歌わせようとしない理由もわかりました。
 でも、それが欠点を克服しようとしない理由にはなりませんわ!」
「……!」
 刃物のような言葉でピシャリと言い放たれた真央は何も言えない。
 真央はこんな風に誰かに責められたことなどなかった。アスラも桜花も優しく諭してくれる。先生や友達には怒られた記憶がない。
 真央は顔色を真っ青に変えていた。
 それを見たほのかは心がチクチクといたんだが、一度開いた口はその勢いを止めない。
「……出門さんはできることしかしないのかしら?
 まったく才能のある人は気楽でいいですわねっ!」
 そして、その言葉を最後にベッドから降り、保健室をあとにした。

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