王じゃないもんっ!
「第6話 音痴じゃないもんっ!」
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歌のテストの日。 今回も担任の広田博美は、真央に一人で試験を受けるように促した。 疑心をもってこの場にいるほのかにとっては、ほぼ確定に足る材料と言える。 すなわち、出門真央は歌になんらかの問題を抱えている。 「先生、この前もその前も出門さんは一人でやっていました。 いつも一人ではかわいそうですわ」 勢いよく手を上げて発言するほのか。その言葉にクラスメイトたちがざわめく。 「あ、わ、私、ぜんぜん一人で大丈夫だよっ!」 立ち上がって手をブンブンと振る疑惑の主。 あわてた様子は疑惑に拍車をかける効果しかない。 そしてクラスメイトのざわめきは、ほのかの「いつもひとりでかわいそう」という言葉に共感が多く集まっていた。 「じゃああたしがペアを組むよっ!」 「ううん、私! 私が!」 真央と特に仲のいい蘭子とひとみが立候補するが、その様子もどこかそわそわしていた。 「わたくしとペアを組む予定だった秋乃さんが、ちょうどお休みですから」 ちなみに秋乃はズル休みである。 特に打ち合わせをしたわけではないが、ほのかは真央の疑惑を舞と秋乃に話しており、なんとかペアになれないものかと相談していた。 頭の回転がいい秋乃は、自分が休むことで、真央とほのかが自然とペアを組めると思ったのだろう。 このことをほのかに言わなかったのは、ほのかに止められるからである。根が真面目なほのかはズル休みなど許さない。だから秋乃は何も告げず実行したのだ。 ただ単にズル休みしたかったのも理由のひとつだろうが。 「小手岸。 まぁ、なんだ、その……」 担任の博美は頭をかきながら視線を泳がしている。担任すらも真央の味方をしようとしているのが窺え、ほのかは心の中で憤慨していた。 「何か一人でなければいけない理由でもありますの? たとえ何か理由があってもテストは平等であるべきですわ。 さぁ出門さん。行きましょう」 怒りを胸に秘め、笑顔で手を差し出す。真央は少しだけためらってから自分の手を重ねた。 防音ガラスに包まれた密室に、真央とほのかと博美の三人。外に音の漏れないこの状況で、始めに口を開いたのは博美だった。 「なぁ小手岸。 実は出門の歌は……その、な」 言いにくそうに切り出す。 やはり。 これでもう決定的だった。 出門真央は歌が苦手なのだ。 「あら、そんな理由でしたの? でも、先程も申しました通り、テストは平等であるべきですわ」 担任すらかばう苦手さ。 そこまでのものなら聞いてみたくなるものである。 「で、でもなぁ小手岸」 「出門さん。 笑ったりしないから聞かせてくださいまし?」 ほのかは必死で真央が歌うことを阻止しようとしている博美ではなく、困り切っている様子の真央に声をかける。 「う、うん……ホ、ホントにすっごくすっごく下手だからね?」 ほのかの言葉に真央はほんのりと顔を染めて了承。 「や、やめとけ出門!」 「広田先生! 教え子が歌う気になっているのに歌わせないなんて、教師にあるまじき行為ですわっ!」 それに対して博美はなんとかやめさせようと食らいつくが、ほのかが強めの口調でそれを制す。 「博美先生、ちゃんと気をつけて歌いますから、久しぶりに歌ってみたいです」 そして真央の追い打ち。 「わかったわかった。 もうどうなっても知らないからな」 自棄気味に博美が承諾すると、ほのかは思わずほくそ笑んだ。 教師すら歌うのを止めるほどの音痴。ほのかは猫型ロボットが出てくるアニメの、ガキ大将がイメージに浮かんだ。マンガでは「ボエーッ」と表現されていたが、実際はどうなのだろうかと少しわくわくしていた。 「曲目は赤トンボな」 博美がため息とともにピアノの伴奏を始める。 すーっ、と息の大きく吸い込む真央とほのか。 そして歌が始まる。 「ぼえーーーーーっ!!!」 聞こえた。 確かにそんな風に聞こえた。 歌を歌っているのは間違い無さそうだが、歌とともにそんなエコーがかかっているのだ。 いや、それよりもだ。 全身がよくわからない何かに干渉され、絶えず微振動を起こしているかのような感覚だった。 それは脳までしっかりと届いており、その揺れは確実に意識を蝕む。 視界が白一色に染まっていく。 その数秒後、ほのかは意識を失った。 |
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