王じゃないもんっ!
「第6話 音痴じゃないもんっ!」


−3−

 屋上へ続く階段の踊り場。
 そこは人がほとんど来ない寂れた場所だ。

「はぁ……」

 ほのかは思わず大きなため息をついていた。わかったのは力の差のみだったのだから、落胆するのは無理も無い。
 この場所はほのかの秘密の場所である。誰かの目があると、小手岸の娘としていつも気を張ってしまう。
 その点この場所は、学校で気を休めることができる唯一の場所だった。
 だから、声をかけられた時は心臓が口から飛び出るかと思ってしまった。
「何かお悩みですかなイインチョー」
 その声色と、ぬぅっと音も無く現れた長身が、さらに驚きを増幅させる。細みの長身に長髪、それに能面のような感情の感じられない顔。
 こんな人物、光野学園には一人しかいない。
 津田すず子。
 かのオッパイ事件の主犯とも言える、一癖も二癖もある人物だ。
 なお、イインチョーとはほのかのニックネーム。由来は5年4組のクラス委員長だから。
 ニックネームなのだが、むしろ仲のあまりよくないクラスメイトからそう呼ばれることが多い。
「な、なんですの津田さん!」
 動揺を大声でごまかそうとするが、そういう目論みは得てして逆効果となる。
「ふふっ」
 小さく笑うすず子が挑発的に見えて、ほのかの顔がみるみる赤くなっていく。
「背が大きいとデメリットもあるけど、もちろんメリットもあるわ。
 立つだけでクラスを見渡せるんだもの」
 すず子はそんなほのかに対して顔色ひとつ変えず、何の脈絡もない言葉を口にして薄く笑った。独特に弧を描く彼女の笑いは不気味である。
「そ、それがどうしましたの!?」
 ほのかは若干気後れ気味の気持ちを奮い立たせようと語尾を強めにした。しかし、その足には震えが見られ、およそ迫力が感じられない。
 すず子はそんなほのかに歩み寄り、ズイと顔を近づける。ほのかは喉から漏れそうな悲鳴をぐっと堪え、すず子の目をキッと睨みつけた。
「真央ちゃんのこと。気になるんでショ?」
「なっ!?」
 しかし、図星をつかれて思わず声をあげてしまう。
「そ、そんなことありませんわ!」
 そして顔を真っ赤にてして否定。これでは肯定しているようなものだ。すず子はその様子に満足そうにほほ笑むと、囁くように言った。
「歌のテストの時、真央ちゃんはいつも一人で受けてるわ。
 ウフフフ。何だか怪しいわよね」
 ボソボソと言っているのに妙に耳につくその内容に、ほのかは目を丸くする。
「そ、それってどういう……」
 その言葉の意味を確かめようと、すず子に声をかけようとしたが、いつの間にかその姿は消えていた。
 一人残されたほのかは、すず子の言葉の意味をじっくりと考え始める。

 光野学院の音楽室は完全防音のガラス張りの個室が存在する。
 5年4組の歌のテストは普通、ペアでこの個室呼ばれて歌うのだが、生徒の数が奇数であるためペアだと1人溢れる。
 こういう場合、3人組をひとつ作るものだが、担任である博美は、いつも決まった生徒を1人で試験させる。
 それが出門真央だった。

 あからさまに怪しい。

 幸い歌のテストは今週末。
「楽しみですわね」
 ほのかは、仄暗い闇を携えた笑みを浮かべた。

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