魔王じゃないもんっ!
「第5話 不幸じゃないもんっ!」


−9−

 翌日、真央は桜花の入院する病院に来ていた。
 心配ないと連絡を受けたのだが、元気な顔を見ないことには、安心できなかったのだ。
 それだけでなく、家にいたくなかったのも理由の一つ。
 真央はどうしても翔太と色香が許せなかったのだ。
 あれから真央は、翔太とも色香とも口を聞いていない。シュヴァルツも、二人との間を取りもとうとするので、無視してしまっていた。
 昨晩は天駆の部屋に篭り、朝になるとすぐに桜花の病院へと向かったのだ。

 受付で話をつけると、一般人は立ち入り禁止のエレベーターでしか止まらない階にある病室に案内される。
 真央は深呼吸をひとつしてから、病室のドアをノックした。
「ママ……」
 真央が恐る恐る顔をのぞかせると、ベッドに座る桜花が笑顔で迎えてくれた。
「いらっしゃい。真央ちゃん」
 その声に、その笑顔に、堪えていたものが爆発する。
「ママッ! ママッ!」
 感情に突き動かされ、桜花の胸に飛び込む。
 そんな真央を、桜花は優しく抱きしめ頭を撫でた。その優しい手に、真央は泣きじゃくる。
「心配したんだから!
 すごく心配したんだからっ!」
 嗚咽交じりのその声に、桜花は困った顔をする。
「ママが天ちゃんに会いたかったの、ちゃんとわかった!
 命が危ないって知っても、それでも会いたかったって……ちゃんとわかったよ!
 ……でも、でもね!
 ママが死んじゃったらって思ったら……私、私……」
 あとは泣き声に変わり、言葉になっていなかった。
 その悲痛な叫び。
 桜花は、天駆に会うと決めたとき、こうなることも覚悟の上だった。しかしいざ目の当たりにすると、その胸の苦しみは想像以上だった。
「ごめん。ごめんね……真央ちゃん」
 桜花は真央が泣き止むまでずっと謝り続け、その頭を撫で続けた。



 ***



 ひとしきり泣いて、やっと落ち着きを取り戻した頃には随分と時間が経っていた。
 真っ赤に腫れ上がった目が痛々しいが、表情は柔らかさを取り戻している。
「ねぇ真央? そろそろ帰らないと遅くなっちゃうわよ?」
 その桜花の言葉に、真央の顔が強ばる。
 帰るという言葉に、翔太と色香を連想したからだ。
「……ねぇ真央ちゃん。
 お母さんのこと許してくれる?」
 そんな真央に桜花が声をかける。その内容からは、家に帰ることとの関連性が見つからなかったため、真央は少し戸惑った。
「……うん。
 ママの気持ちわかってたし。ちゃんと謝ってくれたし……」
「ありがとう真央ちゃん」
 桜花の笑顔に真央は照れ笑いを浮かべる。
 しかし、続く言葉は予想外で、真央の表情を曇らせた。
「じゃあ真央ちゃんも謝らないとね。
 翔太ちゃんと色香ちゃんに」
「……え?」
 翔太と色香に謝る。
 それは真央にとって、想像もしないことだった。
「……え、だって……」
「私、翔太ちゃんと色香ちゃんに感謝している。
 二人のおかげで天駆に会えたんだもの」
 すぐには理解できなかった。
 二人は桜花を命の危険にさらした。
 それは許しがたいことで……。
「真央ちゃんとアスラさんは私の命を優先して、天ちゃんと私を会わせようとしなかった。でも、翔太ちゃんと色香ちゃんは私の気持ちを優先して、会わせようとしてくれたのよ」
 優しく、諭すような言葉。
 相変わらずあたたかみがあって、優しい声なのに、胸が苦しい。
「面白そうだからとか、翔太ちゃん以外の人がどうなってもいいとか。そんなこと思ってない」
「…………」
 自分が口にした言葉だった。
 兄と姉に向けて言った事だった。
「アスラさんは、人間界に深く関わっているから、随分人間に近い考え方になってしまっているけどね。
 魔族は、永く生きるからこそ生よりも意志に重きを置くことが多いんですって。
 だから、私が命を危険にさらしても天ちゃんに会いたい気持ちに同調してくれたんじゃないかしら」
 ぎゅっと胸が締め付けられ、苦しくなった。
「……大丈夫よ」
 不意に頬に添えられた手にドキリとする。
「真央は賢い子。
 私の気持ちもちゃんとわかってくれた。
 だから、翔太ちゃんと色香ちゃんの気持ちもちゃんとわかってあげることができるわ。
 そして真央は優しい子。
 気持ちがわかれば、相手を傷つけたことを悔やむことができる。ちゃんと謝ることができる」
 どうして桜花はここまで自分の気持ちがわかるのだろうと真央は思った。本人が言葉で表現できない気持ちを言葉にして、優しく導いてくれる。
「翔太ちゃんも色香ちゃんもとってもいい子。
 だから、ちゃんと許してくれる。
 仲直りできるわ」
「うっ……うん……うん……」
 安心は心を緩める。
「あらあら、真央ちゃんは泣き虫さんね」
 再び泣き始めた真央を、桜花はぎゅっと抱きしめた。


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