魔王じゃないもんっ!
「第5話 不幸じゃないもんっ!」
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家に着いたときはすでに日は落ち、あたりは真っ暗になっていた。 「すぅー……ふぅ」 深呼吸をひとつして覚悟を決める。 「……ただいま」 しかし絞り出した声は、小さく元気のないままだった。 「おかえり」 「おかえりなさい」 「おかえりなさいませ」 三つの声が出迎えてくれるが、どれも声は小さい。 いつもは、リビングに集まっているのに、今日はそれぞれの部屋にいるのが大きな原因だろう。 なんとなく居心地が悪い。そんな空気ができてしまっているため、話を切り出すのは相当な勇気が必要だった。 リビングの中央に立ち、真央は自分の頬に手を触れる。するとじんわりとしたあたたかさが蘇った。 桜花は真央の頬によく手を添える。真央はこの行動により桜花のぬくもりを思い出し、自分を奮い立たせた。 「お兄ちゃんっ! お姉ちゃんっ! 話があるの。 ……ちょっと、来てくれないかな」 勢いよく声を出したつもりだったが、最後の方は随分と小さくなってしまっていた。しかし声はちゃんと届いたようで、二人が部屋から出てくる。 ゆっくりとこちらに向かってくる二人の姿に、真央の心臓はバクバクと脈打った。 二人は俯いており、表情は読み取れないが、いつもの明るさがないのはなんとなくわかる。 その様子にますます緊張が高まっていく。 でもちゃんと言わなきゃ、お母さんと約束したんだから。 「お兄ちゃん、お姉ちゃん! あの時はひどいこと言ってごめんなさい!!」 意を決し、勢いよく頭をさげる。 さげたはいいが、その頭はなかなかあげられなかった。 怖かったのだ。 二人はどんな顔をしているだろうか。どんな言葉をかけるだろうか。 あのときの二人の気持ちを理解したうえで、自分の言葉の意味を考えるととても怖かった。 「真央が謝る必要なんてないよ」 「そうよ、真央ちゃん……私たちが……」 慌てたように言う二人。 それは自分を気遣う言葉だった。 「違うよっ! お兄ちゃんの気持ちも、お姉ちゃんの気持ちも考えないであんなことを言ったんだもん! 私、二人に謝らないといけないんだもんっ!」 自分に非があることを認めたとき、相応の罪を求めることがある。 傷つかないはずがない。自分があんなことを言われたら、傷つかないはずがないのだ。 だから、この謝罪は受け止めてもらわないと、許してもらわないと……。 「わかった。 僕たちの気持ちを考えてくれて、ありがとう」 「……え?」 予想外のその言葉。 怒るでもなく、悲しむでもなく、責めるでもなく。 翔太は感謝の言葉で真央の謝罪に応えた。 「あの……私たちもごめんなさい。 お母様とBBをどうしても会わせたくて……」 そして謝罪の言葉が返ってくる。 「真央、正直に言うと、僕らにはお母さんの気持ちより危険を避けることを優先させた真央と魔王様の気持ちが理解しきれてないんだ。 ……でも、真央があんな風に怒るんだから、真央にとってはお母さんの命を危険にさらさないことが何より大事なことなのかなって。 なんとかなく理解できる気がしてさ」 少し照れ笑いを浮かべる翔太。 真央は嬉しかった。しかし嬉しいと同時に恥ずかしくなった。自分は桜花に言われるまで考えもつかなかったことだったから。 「ま、真央ちゃん。どうして泣いてるの?」 慌てふためく色香の言葉に、また自分が泣いてしまっていることに気が付く。 「真央! お、お兄ちゃんまた真央を傷つけるようなことを言ったか?」 真央はふるふると首を振った。 しかし、翔太の優しい勘違いはさらなる涙を誘ってしまい、二人をさらに慌てさせてしまうのだった。 もう言葉を口にすることもできないほど感情が高まってしまった真央は、二人の手をぎゅっと握ることでなんとか気持ちを伝えようとする。 「真央」 「真央ちゃん」 すると二人は、握られた手と逆の手を、そっと添えてくれる。二人の両手が真央の手を包むと、真央は大事なことを思い出す。 自分が一人では気づけなかったことにこの二人が気が付いたとしても、情けなく思うことはないのだ。 翔太は自分のお兄ちゃんで、色香は自分のお姉ちゃんなのだから。 「あぶぅあぶぅ」 そんな三人の真ん中で、いつの間にか現れたのか、天駆が機嫌よさそうに笑っている。 そして……。 ブリッブリリリリリッ! 感動的な空気をぶちこわす異音。 「ううっ、感動しました……。 互いを理解しあおうという気持ち……」 アンコを目から溢れさているシュヴァルツ。 「あはっ、あははははははっ! もうシュヴァちゃんてばー!」 その音と、目からアンコが吹き出ている様子に思わず笑う真央。その笑いは伝染し、翔太と色香も笑う。 こうして、出門家のリビングは再び賑やかさを取り戻したのだった。 |
第5話 不幸じゃないもんっ! 完 |
次回予告 |
誰にだって苦手なものぐらいあるよね。 そうだよねっ? ねっ? もちろん克服できればそれに越したことはないんだけど、致命的な欠点ぐらい誰にでも……。 うーうーうー。 次回魔王じゃないもんっ! 『第6話 音痴じゃないもんっ!』 隠そうとしたけどタイトルでばれちゃうこの悲劇。 |
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