魔王じゃないもんっ!
「第5話 不幸じゃないもんっ!」
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真央はむくれ顔のままで桜花の後ろを歩く。桜花の両隣には翔太と色香。すっかり二人に気に入られてしまったらしい。 それはいいのだが、道の広さが足りないために真央だけあぶれる形になってしまっていた。 本来なら手をつないで歩き、桜花が入院してからのことをたくさん聞いてもらうはずだった。 (寒い) 母の温もりを得ることができない手に、寒さが染み込んでくる。 「真央」 少しでもこの冷たさをなんとかしようと、息を吐きかけようとき、桜花が振り返って声をかけてきた。 冷め切った手から視線を桜花に向けると、差し伸べられている手。 真央は満面の笑みでその手をギュッと握る。そうすると、自然と全員の距離が縮まり、三人ぐらいでしか並んで歩けない道でも四人並んで歩けるようになっていた。 「そうだ。ママはシュヴァちゃんとも初対面だよね?」 だんだん家に近づくと、シュヴァルツのことを思い出す。 なお、真央は呼び付けが嫌でシュヴァルツを「シュヴァちゃん」と呼ぶようになった。シュヴァルツは嫌がっているようだが、表情がわからないため、真央はそれに気が付いていない。 「ええ、初めてよ。 見た目がタイヤキそっくりらしいわね」 「うん。 でもシュヴァちゃんって、自分の姿にプライドを持ってるみたいだから、姿を笑われると傷つくみたいなの。 だから笑わないであげてね」 事前知識が無い状態であの姿を見たときは、さすがに我慢できなかったが、最初から知っていればなんとかなるかもしれない。 「…………」 しかし、自分がその状況にいたらどうだろうと想像すると、やはり笑ってしまうような気した。 *** 「おかえりなさいませ皆様」 真央たちが家に着くと、シュヴァルツが素早く出迎えてくれる。 「奥様、初めまして。 ワタクシ、魔王様に忠誠を誓いし海の魔。シュヴァルツにございます」 そして桜花の姿を認めたシュヴァルツは、桜花の目線の若干下に停止し、恭しく挨拶してみせた。 「……!!」 真央は吹き出しそうになるのをグッと堪える。シュヴァルツの姿には随分と慣れたつもりだっかたが、改まって挨拶をされると今でも笑いそうになってしまう。 果たして桜花は堪えられるのかとちらりと見ると……。 「うふっ、あはははははっ」 完全に笑っていた。しかも堪える様子も無く。 笑われたシュヴァルツは、あまりにも遠慮なく笑われたためか、ぽかんとしている。 「ママ!」 真央が諌めると、桜花は笑ったままシュヴァルツに「ごめんなさいね」と謝る。 「いいんです、人間界においてワタクシの姿は、笑われても仕方がない滑稽な姿ですから……」 シュヴァルツは少し陰のある口調で、諦めを孕んだことを言った。 すると、桜花はシュヴァルツにそっと手を添えて、ニッコリと微笑む。 「あなたの姿、私はとても素敵だと思う。 見ているだけでとても楽しい気持ちになるもの。それって誇れることよ? だから、自分の姿をそんな風に言わないで。 私はあなたがその姿でいることでとても癒された。すごく楽しい気持ちになれたから」 下手をすれば、歯の浮くような言葉。しかし、何の躊躇いも無くさらりと言い放れた優しい声がそう思わせない。 言われた本人だけでなく、まわりにいる者までもあたたかい気持ちになる。 しばらくほんわりとしたあたたかい沈黙が訪れる。 だが、その時間は予想もしなかった奇怪な音によって終わりを告げた。 ぷりっぷりりりりりッ! 「奥様! ワタクシはっ! ワタクシはっ!」 それはシュヴァルツの目から涙が勢いよく流れる音だった。涙と言ってもアンコなのでその音は凄まじい。 なお、放出されたアンコは、目の色を変えた色香にすべて回収されていた。 (……やっぱりママはすごいや) その光景に真央は改めて桜花を尊敬する。 翔太、色香、シュヴァルツ。会わせるのも躊躇うような個性的な面々と、少し話しただけでこんなに仲良くなれるなんて思いもよらなかった。 桜花が家に戻ったらどうなってしまうか想像ができなかったが、これならきっと大丈夫。素敵な家族になれるだろう。 改めて想像した桜花のいる出門家に真央は目を細めた。 |
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