魔王じゃないもんっ!
「第5話 不幸じゃないもんっ!」


−5−

 さっきの自分の一言は、確実に桜花を怒らせ、傷つける自信があった。
 あれは魔族と人間の違いを絡めた、最悪にゲスな問いかけだ。自分が魔族の妻であることに少しでもコンプレックスを持っているなら、不愉快に思うはずだ。
 にもかかわらず、この自分より何百年も生きていない女は、顔色ひとつ変える事なく、正面から言葉を返した。真央がそばにいるにもかかわらず、自分のかけた言葉のレベルにあわせた内容だったことも、翔太を感服させた理由のひとつ。
 間違いなく、この桜花と言う女は、魔族を受け入れる器の備わった存在だと感じた。
 魔界の住人であることをしっかり自覚しているアスラが、人間を娶った話を聞いたときは、いろいろと思うところがあったのだが、この人間なら理解することができる。
 もともと柔軟な考え方のできる翔太は、理解することさえできれば、いつまでも嫉妬を引きずるようなことはない。むしろ積極的にかかわって楽しむことができる。
 素早く桜花の包容力を感じ取った翔太は、自分のこと、考え方などを話した。
 翔太は魔界でも異端児である。
 それは人間界においても同じ。だから自分を受け入れてくれる桜花の存在は嬉しく、よく口が回った。
 その様子は微笑ましくもあるが、真央はおもしろくない。
 家まで桜花を独占するつもりが、こんな結果になるとは思わなかった。
 おのずと嫉妬の気持ちが強くなる。
 しかし、真央の嫉妬を遥かに上回る黒い感情を持つ存在がいた。

(……あの女!)
 出て行った兄が気になり、水晶玉を利用してを様子を伺っていた色香は、感情が抑え切れず現場へと向かっていた。
 あんなに自分のことを楽しそうに話す翔太は見たことがなかった。
 魔族でも、血の繋がりが近いモノとの関係は禁忌とされている。だから、翔太が真央に対して愛情を注いだとしても、こんな感情は持たなかった。
 真央と自分は、翔太とは異母兄弟。
 しかし、桜花と翔太に直接的な血の繋がりはない。それが色香の激情を誘った。
 ゆっくりと翔太たちの方へ向かう色香の目の色は、普段とは違っている。
 淫魔。
 魔族として、色香はそれに分類される。翔太の属する飛天族の次に魔力が高く、身体能力も高レベル。最大の特徴は、あらゆる生物を魅了する魔性の力を持つこと。
 そのおとなしい性格が故、その力を使うことは少ないが、愛する兄が興味を持った女性に対しては、容赦なく力を行使する。魅了し、自我を失わせれば、翔太は興味を失うからだ。
 魔力を練り上げ、目標に近づく色香は、普段では想像できないほど剣呑な気を放っている。
「……お姉ちゃん?」
 遠目で捕らえられる位置まで来たところで、真央は色香を見つけるが、言葉尻に疑問符をつけてしまった。
 それほどいつもと様子が違う。
 そう思った瞬間、色香の姿が消えた。
「え?」
 消えた訳ではない。
 真央の動体視力で捉えられない速度で接近したのだ。
「お兄……様!?」
 桜花に迫る色香と、その前に立ちはだかる翔太。気が付いたときにはそうなっていた。
 練った魔力をぶつけることで相手を魅了する色香の魔法は、桜花には届かず、翔太によって防がれた。
 術者よりも強い魔力を持っていれば、魅了されない。
「コラ。お義母さんに何をする気だ」
 翔太の一言によって、一瞬にして剣呑な雰囲気が霧散し、変わりに深い悲しみを纏う。そして、全身の力が抜けてしまったのかのように、がっくりと膝を折った。
 今までこういう状況になったことは何度もあったが、翔太がかばったことなどなかった。翔太は弱者をかばうことはなく、むしろ魅了された相手に失望し興味を失うのだ。
「お兄様……」
 涙目で何かを訴えるが翔太は冷たい視線を向けるのみ。
 真央は状況が理解できていないが、空気が張り詰めていることだけはわかり、何もできずにいる。
「色香ちゃんよね?」
 その空気を優しい声色が緩和させる。
 かばうように前にたつ翔太の前に出て、自らも座り込んで色香との目線を合わせる。
 そして色香の頬にそって手を当ててた。

「色香ちゃんは、翔太ちゃんが大好きなのよね」

 それは、色香にとって初めての言葉だった。
 色香が持つ翔太への感情は兄妹のそれを越えており、それは誰が見てもわかる。
 しかしそれは禁忌とされた想い。だからこそ、はっきりと口にすることがなかったのだ。
 誰にも認められない気持ち。誰からも目をそらされる想い。
 それを真っ向から見つめられる。
 内気で弱気な性格の色香にとって、それがどれだけの救いになるのか。
「うえっ……ひんっ……ううっ」
 漏れる嗚咽と桜花にしがみつく姿こそその答え。
 桜花は背が低く、胸も控え目な細みの体型。一方色香は背も高く、スタイルも過剰なほどいいため、単純に並べば色香の方が年上に見られるだろう(実際に、数値としての年齢であれば色香の方が十倍近くも上なのだが)。
 しかし、今の二人は母と娘以外の何物にも見えなかった。


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