魔王じゃないもんっ!
「第5話 不幸じゃないもんっ!」
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私鉄光野駅は光野町唯一の駅。遠出のさい、車を使わないのであれば必ずこの駅を利用することになる。 真央はその駅で、母を待ち侘びていた。 ここまでの交通手段は車を利用するらしいので、直接家に来ればいいとも思ったが、久しぶりに商店街の人達にも挨拶がしたいと、車は駅で降り、そこからは歩くらしい。 その話を聞いた真央は、駅までのお出迎えを名乗り出たのだ。 駅前は動いていないと寒いぐらいだったが、少しでも早く桜花に会いたいという気持ちが、真央の身体を暖める。 数分そうしていると、見覚えのある車が近づいてくるのが見えた。 ふだんは感じないが、車に詳しくない真央でも一目で高級車だと分かる車に、お抱えの運転手が座っているところを見ると、自分の家がかなり裕福であることを実感する。 車はゆっくりと真央の近くに停車、少し間を空けて開かれた扉から待ち人の顔が覗くと、真央の笑顔が弾けた。 「ママッ!」 高まる感情がそのまま行動になり、車から出たばかりの桜花に飛びつく。 「あらあら。 真央ったら甘えん坊さんね」 優しい声と柔らかい笑顔。 長い時間離れていたわけでもないのにひどく懐かしくなって、思わず目が潤んでしまった。 桜花は真央の感情に一区切りがつくまで抱き締めたあと、運転手に「ありがとう」とお礼を言って解放する。 真央はそんな仕草にさえ見とれていた。 車を見送って歩きだすと、自然に二人の手が繋がる。 「あのねっ、あのねっ!」 話したいことがたくさんあり過ぎてまとまらない。 桜花はそんな真央の様子に微笑を浮かべつつ、視線を後ろの方へ向けた。 「どうしたの?」 桜花の視線の先に何かあるのかと、自分も目を向けたが何も見つけられない。真央は視線を桜花に戻し、不思議そうな顔をする。桜花はそれに笑顔で応えてから視線の先の存在に声をかけた。 「隠れて見てないで一緒に歩きましょ?」 真央は意味がわからなかったが、桜花の声に応えるように物陰から出てきた存在に、あからさまにイヤな顔をした。 「完全に気配を消してたはずなんだけどなぁ」 出てきたのは、家で留守番するようきつく言っておいたはずの翔太だった。 家にいる魔族な面々と引き合わせたら、ドタバタしてしまうのは目に見えている。だからせめて、家につくまでは、桜花に甘えたいと同行を断固拒否していたのだ。 真央は目に見えるほど怒りのオーラをほとばしらせる。 「いやははは。 邪魔するつもりはなかったんだが、母親に甘える真央が見たくてな〜」 「……帰って!」 赤を真っ赤にして訴える真央に翔太は戸惑いを覚えた。この怒り方は、デビルスウィングを発動する類いのものではない。 これは、翔太が真央のクラスメイトを痛めつけた時と同じ種類のものだ。真央にとって、母親と二人の時間はそれほど大切なものなのだったのかと後悔する一方、強い嫉妬も覚えた。 これほどまでに真央に想われていることに。 「いいじゃない真央ちゃん。 えっと……翔太ちゃんでいい?」 桜花と翔太は初対面。お互い存在は知っていたが顔を合わせるのは初めてである。 ちゃんづけが子供扱いということは知っていた。桜花がアスラの現在の妻であることを考えれば、自分は義理の息子になるため妥当かもしれないが、先程感じた嫉妬とあいまって、翔太は苛立った。 「構いませんよ、お義母様」 わざとらしい丁寧な挨拶とともに桜花に近づく翔太。その雰囲気に、真央もクラスメイトを痛め付けていた翔太を思い出した。 身構える真央だったが、桜花がそれを制する。 「よろしくね」 「よろしく。 ところで、僕、前々から気になっていたことがあるんですけど」 軽い挨拶の後、翔太が薄い笑いを携えて話を切り出す。 桜花が「何かしら?」と聞くと、翔太はわざとらしくイヤラシイ口調で言った。 「人間なのに、魔王様のサイズを受け入れて、壊れたりしないんですか?」 「……ッ!」 翔太の発言に真央の顔がカッと赤くなる。 それは禁忌とされている凶悪なセクハラだった。 「ママッ! いまぶっ飛ばすから!!!!」 真央が顔を真っ赤にしながら魔王の杖を出そうとするが、また桜花に止められる。 そしてニヤニヤと笑う翔太に、桜花は笑顔のままで柔らかく答えた。 「真央が出てきた場所なのよ? アスラさんのサイズくらいラクショーなんだから」 「…………」 あまりにもいつも通りで、すぐに内容が把握できなかったが、かなりキワドイ発言だった。 真央だけでなく翔太にも予想外だったようで、目を丸くし、言葉をなくしている。 しばしの沈黙の中でもニコニコと笑っている桜花が異質だった。 そして、ある程度の時間が過ぎたところで翔太が動く。 「お母さんっ!!」 ガバッ! 甘えるように抱きつく翔太。 真央は翔太の態度の変貌にぽっかりと口を空けた。 桜花は「あらあら」と優しく受け止めている。 「いや、ちょっと?」 真央からしてみれば、桜花のイメージを崩してしまったあの一言に、そこまでの効果があるとは思えなかったが、二人はすっかり打ち解けあっているようである。 真央はぽっかりと口をあけたまま、会話を弾ませる二人を見ていることしかできなかった。 |
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