魔王じゃないもんっ!
「第5話 不幸じゃないもんっ!」


−3−

「はぁ〜」
 真央は天駆の部屋を出てため息をひとつこぼす。
 愛らしい寝顔で安らかに眠ってはいたが、さっきのことを思い出すと気が重い。
 リビングには天駆を除く全員が集まっていた。なお、夜の仕事をしている翔太は週に2日ぐらいしか働いておらず、ほとんど家にいる。
 真央はよたよたとリビングのソファーに歩み寄り、そのままうつ伏せに倒れ込んだ。
「うー。私のせいだ〜」
 唸るように嘆くその声は少しだけ震えており、真央が少しだけ泣いていることが窺えた。
「真央お嬢様のせいではありません。しつけは必要なことです。
 私が甘やかして続けて、お叱りすることをしないばかりに……」
 自分を責める真央のそばに近寄り、ぷるぷると震えながら自分のせいだと訴えるシュヴァルツ。コミカルな動きにしか見えないが、自責の念が身体を震わせているということなのだろう。
「あの、あのね。
 私も真央ちゃんのせいじゃないと思うの。
 ……最近のBB、妙にぐずったり、不機嫌に暴れだしたり、なんか様子がおかしかったの。
 だからね、きっかけは真央ちゃんが叱ったからかもしれないけど、根本的な原因じゃないと思うの」
 ふだん無口で引っ込み思案な色香がおずおずと、それでも一生懸命に真央を慰める。
 シュヴァルツと色香の優しさは、かえって真央の涙腺を刺激して、ソファーに滴を落とさせた。
「心配するな真央。
 最近BBの様子がおかしい理由に心当たりがある」
 今度は翔太が少し得意げに言う。
 真央はその言葉に、涙をグシグシと拭って顔をあげた。
「ほ、本当!?」
 真央の問いかけに翔太はふふんと鼻を鳴らした。その自信ありげな態度に、真央だけでなく、色香やシュヴァルツも強い期待を持ち、翔太との距離を詰める。
「最近、BBの様子がおかしい理由……それは……」
「それは!?」
 翔太が言葉をためると、三人は続きを促すよう、さらに距離を詰めた。
 そこで翔太がすぅーと息を吸い込み、三人が自分に意識を向けていることを確認してから口を開いた。

「おっぱいだ」

 ピシッ!

 空間が裂ける音が確かに聞こえた。
「待て、真央!
 デビルスウィングを発動するのは話を聞いてからにするんだ」
 今にもデビルスウィングを発動させようとしていた真央だが、真顔で制止する翔太に思わず動きを止める。
「BBは生まれてすぐ母親と離れているから、授乳を一度もしていない。
 しかし、赤ん坊は母親のおっぱいが恋しくなるもの。欲求が満たされなければ当然ストレスがたまる。
 今のBBは、その状態である可能性が極めて高い」
 続いた翔太の予測は、聞けばそうかもしれないと思えるものだった。
 自分でさえ母親を恋しいと思うのに、まだ小さな天駆はどれほど恋しいのだろうか。自分が赤ちゃんのころの気持ちを思い出せるはずもないが、想像するだけで胸が苦しくなる。
「ふふふ、そう暗い顔をするな真央。お兄ちゃんは解決策もすでに用意してあるのさ!」
 ドンと胸を張る翔太。
 それを見た真央は、翔太を頼もしいと思った。こんなことは初めてかもしれない。
「何!?」
「コホン、それには真央の力が必要不可欠なんだが」
 身を乗り出す真央に、翔太が神妙な面持ちで咳払いをひとつ。
「私にできることならなんでもやるよ!」
 それを聴いた真央は少し興奮気味だ。自分の力で弟を救えるのであれば、意気込みもする。
「いい覚悟だ……。
 BBのストレスを和らげるには……」
 再びためる翔太。
 真央はその様子にゴクリと喉を鳴らす。
「真央のおっぱいを吸わせるしかない!!!」

 ピシッ!

 再び空間に亀裂。

「おっぱいなんか出るかーーー!」
「大丈夫さ。
 おっぱいが出るまで僕が吸ってほぐしてあげるからー」
「デビルスウィーング!」

 スパコーンッ!

 某猿顔の三代目泥棒ダイブで飛び込んできたところを一閃。それは見事にカウンターとなり、翔太はいつもより高速で回転しながら、天井を突き破って空の彼方へ飛んで行った。
 真央はそれを無感動に見送り、天井を修復しながら天駆が寝ている部屋を見つめる。
(……でも、寂しいのはやっぱりそうなのかも)
 とは言え翔太の提案は受け入れられそうもない。
 ウンウンと悩み始めた真央の元へメールが届いた。
「びっくりするほどタイムリー!」
 思わず口に出してしまうほど、タイムリーなメールだった。
 差出人はアスラ。内容は今週末に桜花が一時退院して戻ってくるというもの。
 仕組まれたんじゃないかと思ってしまうほどグットタイミング。
 久しぶりにママに会えるし、天ちゃんもきっと元気になる。
 思わず顔がにやけるがすぐに別の心配が生まれる。

 ママが帰ってくる。

 ……この家に?

 ドタバタに一段落がついたと認識したのか、大画面でアンパラディンのDVDを見始めているタイヤキ。 もといシュヴァルツ。
「お兄様に胸を……」
 さっきの翔太の言葉に触発されたのか、自分の胸をじっと見ながら、ちゃんと聞き取ってはイケナイようなことを口走りながら悶々とする色香。
 そして、いつものごとくいつの間にか戻ってきて、ノートPCで恋愛シミュレーションをやっている翔太。
 真央は、ここに桜花が帰ってきた時の状況が想像できず、不安になるのだった。 


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