魔王じゃないもんっ!
「第4話 和菓子じゃないもんっ!」


−9−

「お、シュヴァルツか?
 帰ったらちゃんと『ただいま』って言うんだぞ?」
 念力で扉を開くシュヴァルツを、翔太が出迎える。シュヴァルツはそれに対して何の反応も示さず、ステルス魔法を解除して翔太のもとへ向かった。
「……タイ焼きというものがあることを知りました」
 そして、重々しい口調で呟く。
「そうか。びっくりしただろ。偶然って恐ろしいよな」
 翔太はあっけらかんと答えるのみ。それがシュヴァルツの誇りをさらに傷つける。
「魔王様は……私に道化を演じよと……おっしゃられているのでしょうか」
 途切れ途切れの声。何かに堪えるように体が震えている。
 バイブレーションするタイ焼きのオモチャのようにしか見えないが、本人は至って真剣である。
 そんなシュヴァルツの様子にため息をひとつ。
「なんかガッカリだなぁ。
 シュヴァルツは魔王様のことをよくわかっていると思っていたのに」
「……どういう意味でしょうか」
 やれやれというジェスチャーをする翔太に少しだけ苛立ちを感じながらも、その言葉の真意を問う。
 シュヴァルツのアスラとの付き合いは、翔太よりも500年近く長い。親子の絆を考えても、そこまで言われるような差は無いという意識があった。
「魔王様は真央を溺愛しておられる。
 外見も理由の一つかもしれないけど、それだけで大事の娘と一つ屋根の下に置くもんか。
 これは最上級の信頼だぞ、シュヴァルツ」
 その言葉はシュヴァルツの心を貫く。
 アスラからの最上級の信頼。
「……ワ、ワタクシは何と情けない……。
 最上級の信頼に応えるどころか、魔王様を疑ったりして……ワタクシは……ワタクシは……」
 シュヴァルツの目から涙がこぼれる。
 涙と言っても、アンコだが。
「まぁ嘆くな。
 シュヴァルツは魔界での生活が僕よりも長く、人間界の知識も言語や上辺だけのものしかない。人間界での任務を果たすのは難しいだろう。
 僕も最初は色々と失敗したからね」
 翔太の言葉にすっかり感動してしまったシュヴァルツは、翔太の後ろから後光が差しているような錯覚を覚えていた。
 一つ一つの言葉がありがたいものに感じてしまう。
「そこで僕は、シュヴァルツが少しでも早く人間界を理解し、どうあるべきかを学ぶのにピッタリのアニメを用意した!」
「……ありがたい!」
 すっかり翔太の陶酔してしまっているシュヴァルツ。その言葉を疑うなどあり得ない。
「さぁ、とりあえず真央が帰ってくるまでに1クール分見ようじゃないかっ」
 リビングの大型テレビの前にシュヴァルツを連れていき、プレイヤーにDVDをセットする翔太。
 そしてテレビに映し出されたアニメは……。
「こ、これはっ!!」
 シュヴァルツの心を捉えるものだったらしい。


「ただいまぁ」
 いつものように買い物袋を手に帰ってくる真央。
「おかえり〜」
「おかえりなさいませ真央お嬢様」
 兄とシュヴァルツがお出迎え。姉は朝から部屋に篭っているし、BBは少し前から渡したオモチャに熱中しており、最近お出迎えをしてくれない。
 少し寂しくはあったが、それでも二人の声に出迎えられるのは嬉しかった。
「お嬢様!」
 そんな真央の目前に迫るシュヴァルツ。
「は、はいっ!?」
 真正面から迫り来るタイ焼きの姿からは、凄まじいオーラを放っており、笑いすら誘わない。
「空腹を感じておられませんか?」
「あ、え、えーと。
 小腹は空いてるかな?」
 その迫力に気圧され、買い物袋を落としてしまう。しかしシュヴァルツはその歩みを止めない。
「では……ワタクシめを食べてくださいっ!」
 ピシッ!
 タイ焼きが自分を食べてくださいと要求してくるその状況に、脳内の何かにヒビが入った。
「さぁ! さぁ!」
 さらに迫るシュヴァルツ。
「ひっ!」
 悲鳴をあげて後ずさり。
 しかし、このとき真央が恐れていたのは、目下に迫るシュヴァルツではなかった。
「う、うしろ……」
 震える指先でシュヴァルツの後ろを指差す。
「……?」
 真央に促され、振り向いたシュヴァルツに、全身のアンコが破裂するほどの衝撃が襲う。
「……じゃあ、遠慮なく食べるね」
 後ろに迫っていたのは、部屋に篭っていたはずの色香だった。
「ぎゃああああああ!」
 その後、シュヴァルツのアンコが核を残して食べつくされてしまったのは言うまでもない。



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