魔王じゃないもんっ!
「第4話 和菓子じゃないもんっ!」


−8−

 リヴァイアサン族は水を自在に操る種族である。しかし、水の中に生息しているが、外殻は水によってふやけてしまうほど弱い。
 それどころか、元来リヴァイアサン族は弱い種族だった。まだ陸に生息していた頃のリヴァイアサン族は、特に戦う術を持たないうえ、アンコが美味という条件がそろい、家畜として扱われていた。
 知能があるにも関わらず、食われるために生きる屈辱は耐えがたい。その状況を打破せんと、リヴァイアサン族は海へと逃げた。
 しかし、海で生活するため水に強くならなければならない。リヴァイアサン族は、死に物狂いでその術を編み出した。
 水を弾く。
 最初はただそれだけの魔法。
 そしてそれは、リヴァイアサン族にとって初めて使う魔法だった。身を守るための魔法だったが、それにより己に秘められた力に気が付く。アンコにより魔力が増幅されることを。
 それからのリヴァイアサン族の進化はめざましかった。水を動かすその力は海で大波を起こすにとどまらない。その才能を開花させたリヴァイアサン族は、空気中の水分を一箇所に集めるなど、非常に繊細な技術を要する魔法も器用にこなした。
 人通りの多い商店街の中で、シュヴァルツが平然と浮遊移動していてもパニックにならないのは、そんな技術の賜物だ。
 空気中の水分を操り、光を透過回折させることにより姿を認識できないようにする、ステルス魔法を使用している。
 そんな高い技術力と魔力を秘めた、魔界の海で最も力を持つリヴァイアサン族のシュヴァルツは、どうしてもこの目で確かめなければ気が済まなかった。
 さきほど、翔太の奨めによりテレビを視聴していたシュヴァルツは、衝撃的な映像を見てしまった。
(まさか……そんな、事実だったとは……)
 そして今、目の前の光景は、認めたくない事実を肯定している。
「へい、4匹ね。焼きたてだからやけどしないようにな」
 どうみても自分の同胞だった。
 それが、人間界で売買され、そして……。
「いただきまぁす」
 年端もいかぬ子供が、同胞を頭からかぶりつく。
(なんということだ……。
 進化する前の同胞が人間界で家畜にされているということか)
 このままにしておくわけにはいかない。
 シュヴァルツはその意志に従い、同胞が売られている現場へとの距離を詰める。
 そこは「タイ焼き屋」という看板が掲げられており、そこで同胞が焼かれていた。
(……いや……)
 液状の外殻を焼き型に流し込み、アンコを詰めて焼いている。
(……同胞を模した食べ物?)
 魔力が感じられないことから、同胞でないことに気が付いたシュヴァルツは、先日から感じていた違和感を思い出す。
 真央は何かを堪えていたようだった。
 最初は自分の姿を恐れているのだと思っていたが、このタイ焼きという食べ物の存在を知った今なら何を堪えていたか理解できる。
(私の姿を笑っていたっ!?)
 リヴァイアサン族は誇り高い種族。
 その姿形にも誇りを持っている。それが、人間界で食べ物と同じ形である事実はあまりにも衝撃だった。
(魔王様はなぜ私を選ばれたのだろう……)
 何度も考えていたが答えは出ないままだった。しかし、認めたくないが、今なら理解できる。
(リヴァイアサン族の外見が、人間界では食べ物だから、真央お嬢様が恐れないと思ったからだ……)

 ……悔しかった。
 誇りが傷つけられた。
 海の覇者としての誇り。

 しかし、この誇りは、アスラが与えてくれたものだった。元家畜ということから、誰もリヴァイアサン族を強者であることを認めようとしなかった。いくら力で捻じ伏せても、元家畜と言う印象を拭うことができなかったのだ。
 それを救ってくれたのがアスラだった。
 リヴァイアサン族を海の覇者と認め、リヴァイアサン族を治安部隊に加えてくださり、自分を部隊長にしてくれた。
 卑屈に荒くれることしかできなかったリヴァイアサン族を今の地位に引き上げてくれたのは紛れも無くアスラだったのだ。
 それなのに。
(まさか……魔王様は我々を家畜に戻すおつもりなのでは……)
 リヴァイアサン族の中でも地位の高い自分を人間界に派遣し、食用として扱われているのを見せることにより、リヴァイアサン族は家畜だという意識を刷り込もうとしている?
(……いや、魔王様に限って……)
 信じたかった。
 しかし目にしたものはあまりにも衝撃的で、信頼が揺らいでしまう。
(一度会ってお話を……)
 シュヴァルツは重い足取りで、出門家へと戻っていった。


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