魔王じゃないもんっ!
「第4話 和菓子じゃないもんっ!」


−7−

 深夜2時。
 魔族に夜眠る習慣は無い。
 人間のように規則正しい生活をしないと体調を壊すような造りはしておらず、無茶をしない限りは生きていくために睡眠を必要としない。
 ただし、睡眠自体は一種の快楽行為の一つとして、惰眠を貪る魔族も少なくない。
 真面目で実直な魔族であるシュヴァルツは、当然惰眠を貪るようなことをするはずなく、人間界の寝静まったその雰囲気に居心地の悪さを感じていた。
 永い時間生きるため、暇をもてあますのには慣れているが、この居心地の悪さはどうにも落ち着かない。
 夜目が利くので電気もつけないまま、出門家を浮遊してうろつくシュヴァルツ。若干魔王城と造りが似ているためか、こうすることで少し落ち着けた。
 そんな闇の世界に、小さな音と光を感じる。
(翔太お坊ちゃまの部屋……?)
 光に導かれるように部屋の前まで来ると、ドアの隙間から光と音が漏れていた。
「お坊ちゃま。まだ起きていらっしゃるので?」
 ドアを軽くノック(というか体当たりだが)をして、声をかける。
「お、シュヴァルツか。
 何か用かー。暇だったら一緒にテレビ観るか?」
 シュヴァルツは特に何もすることが無かったので、翔太の誘いを受けて部屋に入った。
 部屋は漫画、フィギア、アニメのDVDが所狭しとビッシリ並んでいるオタクの部屋だったが、キッチリ整頓も掃除もされており、オタクにありがちな不潔なイメージは無かった。
 シュヴァルツはそれがどんなものかさえわからなかったので、奇怪な絵が並んでいると言う感想しか持てずにいる。
「お、丁度始まるぞ」
 シュヴァルツが部屋に入ってきたことを意にも介せず、テレビに釘付けの翔太。しばらく続いたCMから、翔太が好きそうなオタク向けのアニメ絵の少女が筆型ステッキをくるくると回す映像に切り替わる。
『ぱれぱれ〜ぱれっぱれ〜♪』
 どこか調子の外れた歌声にあわせて、アニメ絵の少女たちがコミカルに動く。やがてイントロが終わると、「ぱれっち☆ウィッチ」というポップ体のタイトルロゴが画面いっぱいに映し出された。
「ぱれっち……ウィッチ?」
 シュヴァルツの低く渋い声には不釣合いな単語だった。
「今僕が注目している深夜アニメさ。
 キャラクターデザインがそのまま作画監督をしているのがポイントなんだ。
 ほら観ろよ。さすが、稀代のアホ毛絵師と名高い『NET-ARROW』だ。アホ毛の動きが絶妙!」
 興奮気味にマニアックな解説をする翔太だが、シュヴァルツにはちんぷんかんぷんな内容だった。
 その後も、翔太の解説付きで、深夜アニメを視聴してみるが、シュヴァルツには何が楽しいのかさっぱりわからない。
 その様子に翔太はやれやれと言ったジェスチャーをしてみせる。
「アニメって言うのは、人間界、特にこの国、日本を理解するのにはとても適したものなんだよ。
 絵と物語を通して、日本の混沌とした独特な文化をわかりやすく見せてくれるのさ」
 視線をテレビに向けたままで、もっともらしいことを言う。その声色は真面目で、冗談のニオイが感じられない。確かにそう捉えることもできなくも無いが、かなり偏った解釈である。
「……なるほど」
 しかし、日本文化を良く知らないシュヴァルツにはそれがわからない。
 一応コレには理由がある。
 翔太はこんな性格だが、かなり博識であり、魔界でも一目置かれている。その好奇心旺盛な性格ゆえ、ありとあらゆることに興味を持ち、さらに柔軟な思考のおかげで理解力も高い。
 魔界だけでなく、人間界にも精通しているのは、魔界広しと言えど、アスラと翔太の外には、数名しかいないのである。
 そんな翔太が真面目に言っているのだから、シュヴァルツが信憑性があると思ってしまうのも仕方が無いことかもしれない。
「まぁ深夜アニメは、かなり高度な知識を要求されるからシュヴァルツにはまだ早かったかもな」
 次回予告まで無事終了してから、やっとシュヴァルツの方を見る翔太。
「アニメじゃなくてもテレビは有効な情報収集手段さ。
 知識不足からの誤解を少なくするためには情報収集が欠かせない。シュヴァルツもしばらくここに住むんだから、少しでもこの世界のことを理解する努力をしたほうがいい」
 テレビを消した翔太は、今度はノートパソコンを開いて、キーボードをカタカタと叩き始める。どうやら今放送したアニメの評価レビューを書いているらしい。
 人間界ではオタク行為に他ならないが、翔太は魔界の住人である。にも関わらず、ここまで人間界に溶け込んでいる姿に、シュヴァルツは驚きを隠せない。
 この適応能力は頭が下がる。
 翔太と色香はBBが暴走したときのためにアスラが派遣した。その任を果たすためには、人間界に適応するのは必要不可欠である。
(……私も坊ちゃんを見習わなければ)
 もっとも、ほとんど翔太の悪戯が原因で派遣されたようなものなのだが。


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