魔王じゃないもんっ!
「第4話 和菓子じゃないもんっ!」


−6−

「はぁ〜」
 夕食後の皿洗いをしながらため息を一つ。
 どっと疲れてしまった。
 シュヴァルツ本人は真面目そうなのだが、見た目と生態が違いすぎる。
 正直なところ、うまくやっていけるのか不安になってきていた。
「真央〜、お兄ちゃんも手伝うぞ〜」
 そんなことを思っているところに兄登場。最近翔太は、真央の家事を手伝ってくれる。最初は何か企みがあるんじゃないかと疑ったが、純粋に家事をするのが楽しいらしい。
 こういう仕事は面倒臭がりそうだが、長い時間生きてきたのにもかかわらず、家事をしたことがないために、新鮮に思えるらしい。
 飽きるまでだろうが、実際助かるので、真央は素直に手伝ってもらうことにしている。
「じゃあ、拭いて棚にしまってくれるかな」
「お安い御用さ〜」
 鼻歌まじりに洗い終わった食器を拭き始める。
 完全に作業と化している家事も、楽しそうに家事をする翔太が隣にいることで、こっちまで楽しくなってきてしまうから不思議だ。
「ところで、大きなため息をついてたけど疲れてるのか?」
「えーと……うん、ちょっと疲れてるかも」
 ため息をしているところを見られたため、少し照れくさそうに笑う。
「人間と違う部分が多いからね」
 翔太はそんな真央に、やわらかい笑顔でそう言った。いたずらをすることも多いが、兄は基本的に真央に優しい。
 最初は優しさの方向性が魔族的で辟易することも多かったが、最近ではそんなこともない。
 ホストの仕事から学習したというのが微妙ではあるが。
「ねぇ、シュヴァルツさんって、食事はしないのかな」
 皿洗いをしながらふとした疑問を口にする。食事のときシュヴァルツは、何も食べなかった。
 薦めたが、人間のように食べ物から栄養は摂取しないらしい。
「シュヴァルツにさんづけなんかしなくていいぞ。アイツも言ってただろ?
 魔王様の部下なんだからさ」
 翔太は質問には答えずに言う。しかし、お嬢様と呼ばれるだけでも気恥ずかしいのに、呼びつけにするのは気が引けた。
「う、うん……。
 慣れたら違う呼び方にするよ」
 真央はそう言いつつ、慣れる日が来るのだろうかと不安だった。
「で、アイツの食事だっけ?」
「あ、うん。何も食べなくて平気なの?」
 途中で遮った質問を翔太から話題にあげると、真央はこくこくと頷いた。
「あいつの食事はちょっと特殊でな。
 ニオイ成分を栄養に変えるんだよ」
「ニオイ成分っ!?」
 翔太の予想外の答えに驚きを隠せない真央。
「ニオイを嗅ぐだけで栄養補給ができるってこと?」
「まぁ平たく言えばそうだな。
 でもどんなニオイでもいいってわけじゃなくて、生命体の放つニオイを栄養に変えるんだ。
 特に若いメスのニオイを好んで摂取する」
 ……若いメスのニオイを好んで摂取。
 この世界で言えば、かなりデンジャラスな生態に違いない。
「……え、えーと……」
「直に嗅がなくても、残り香でも充分。だから、真央の服とかを嗅いで栄養補給してるかもな」
「んなっ!」
 自分の服を嗅がれるのはどんな理由であろうと恥ずかしい。
 いくら栄養補給とは言え、自分の服を嗅がれる姿を想像したら……。
「お、ウワサをすれば……」
 真央が翔太の視線の先を追うと、顔が真っ赤になるような光景が目に入った。
 シュヴァルツが、さきほどまで真央の履いていたイチゴ柄のパンツをくわえていたのだ。
「キ……」
 引きつった表情の真央。
 そんな真央にシュヴァルツはパンツをくわえたまま近づいてくる。
「どうされましたか真央お嬢様?」
「キャアァァァッ! デビルスウィィィングッ!」

 スパコーンッ!

 この日、真央は初めて翔太以外にデビルスウィングを発動した。


「ごめんなさい」
 深々と頭を下げる真央。
「いえ、こちらも翔太お坊ちゃまの言葉を鵜呑みにしたのが間違いでした」
 なんでも、イチゴ柄のパンツを持ってこいと、テレパシーの魔法で伝言があったらしい。真央が持ってくるのを忘れて困ってるからとか、もっともらしい理由をつけて……。
 そして、言われた通りに持ってきたタイミングが絶妙で、あんなことになってしまったのだ。
 なお、元凶である翔太は、全力のデビルスウィングでぶっ飛ばしてある。
「目付け役として来たはずなのに、真央お嬢様を困らせるとは、なんという体たらくか……。
 くっ……」
 自分のミスを本気で悔しがるシュヴァルツ。その目には涙が浮かんでいる。
 涙といってもアンコだが。
「き、気にしなくていいよ!
 私、今日はもう寝るから。おやすみなさい」
 タイ焼きの目からアンコがはみ出るという映像に笑いを堪えきれなくなった真央は、まくし立てるように言ってから部屋に駆け込んだ。
「おやすみなさいませ。真央お嬢様」
 聴こえてくる丁寧な挨拶に、悪いと思いながら、真央は枕に顔を押し付けながら、声を極力抑えて笑うのだった。


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