魔王じゃないもんっ!
「第4話 和菓子じゃないもんっ!」
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新たな出門家の同居人である魔族シュヴァルツ。海の魔としては最高位の存在であるリヴァイアサン族の中でも、最強クラスであり、魔界でナンバー2の翔太でも、光の翼を発動させない状態であれば、その戦闘能力は僅差。 しかも、魔族としては秩序を重んじ、正義感が強い。 翔太と色香の目付け役としては最適だろう。 その話だけ聞けば確かに畏怖の念を覚えてしまう存在だが、見た目はまるっきりタイ焼きだ。 そんなシュヴァルツは誇り高いらしい。だから外見で笑うのはとても失礼なこと。 さっきは後ろで翔太が変なことをしていたので吹き出してしまったことにしたが、これから笑わずに接する自信がない。 何せタイ焼きなのだから。 真央はそんなことをリビングでボーっと考えていた。 「どうした真央ー。浮かない顔してるな」 そこににこやかな表情で翔太が近づいてくる。 「ははぁーん。シュヴァルツのことか」 「うん……」 翔太は魔界の住人だが、人間界にも精通している。リヴァイアサン族の見た目がタイ焼きと酷似していることも知っているのだろう。 「僕はタイ焼きを見た時の方が衝撃だったけどなぁ〜。 あのリヴァイアサン族を人間が丸かじりしてるんだから」 アスラの言うとおり、全く怖くない外見だった。しかしそれゆえ笑ってしまうのだ。 「で、シュヴァルツはどこに?」 「え? さっきお姉ちゃんが部屋に連れて行ったけど……」 それを聞いた翔太がニンマリと笑う。無邪気からは程遠いイヤらしい笑顔だった。 「真央。知ってるか? 色香はシュヴァルツのことが好きなんだよ」 「え?」 続けて翔太の口から衝撃的な事実が告げられる。 「え? でも……」 そういえば……。 思い返せば自室にシュヴァルツを招く色香は、どこかそわそわしていた。 頬も上気して赤らんでいたような気がする。 「シュヴァルツって人の形態に変身することができるんだが……その姿がかなりの美形でな」 翔太の言葉を聴いて、再び昔見た魔法少女アニメが思い出される。たしかマスコットは、人の形態にもなれて、最後はヒロインと結ばれた。 「……今頃、部屋で迫ってるかもしれないなぁ」 「……なっ!」 顔がカッと熱くなるのを感じる真央。その様子に翔太はニンマリと笑う。 「色香はああ見えて、積極的だからな」 ボンッ! 真央の顔の熱さが爆発を起こし、蒸気が噴き出す。 「……実はな、真央。 こんなこともあろうかと色香の部屋には盗聴器が仕掛けてある」 ショートしてしまった真央の思考にさらなる負荷を与える事実が迫る。 「と、ととと……」 どこの世界に実の妹の部屋に盗聴器を仕掛ける兄が……。 (やるかもしれない……この兄なら……) ガッ……ガッ……。 そんなことを考えていた真央の耳に機械音が入ってくる。何の音だろうと視線を向けると、翔太がなにやら機械をいじっていた。 「ま、マジでかーっ!」 思わずツッコミを入れる。 いや、口でのツッコミだけで済ませてはいけない、妹の部屋の盗聴などさせてはいけないのだ。ここはデビルスウィングで……。 『いけませんリリスお嬢様っ』 『……シュヴァルツ、ちょっと……、ちょっとだけだからぁ』 バシュン! 翔太のいじっていた機械から、そんな声が聴こえてきたせいで真央は再び爆発。 聴こえてきたのは間違いなくシュヴァルツと姉の声だった。しかしその姉の声は、ふだんのボソボソ声からは想像できないほど妖艶で……、そして、その内容は……。 『ほら……ちょこっと出てきちゃってるわよ』 『リリスお嬢様がそんなに強く握るからで……はぅっ!』 『ウフフ。舐めちゃおっと……。……れろっ』 『や、やめてくださいお嬢様っ! ああぅっ』 イケナイ想像を助長するには充分過ぎる内容だった。 「あゎゎゎゎ」 真央はそんな声のせいでツッコミどころではなくなってしまっている。 「いやぁ〜盛り上がってるみたいだなぁ!」 対して平然とコメントする翔太。 「なぁ、真央。ここで僕がいきなり部屋に突入したら面白いことになると思わないか?」 「……え?」 それはショートしてしまった脳でも危険に感じる思いつき。 「面白いと思ったことはやってみるのが僕の美学。いざ突撃ーっ!」 翔太が突撃の掛け声とともに、二階の色香の部屋へと走りだす。 「わわわわ! ダメ! 絶対ダメだよっ!」 もうショートしている場合ではなかった。一足遅れてしまったが兄を止めんと真央も走り出す。 ……しかし遅かった。 真央の部屋には魔法の鍵がしてある。しかし、色香の部屋にはそんなものはなく、もとは空き部屋だったため鍵すらついていないのだ。 「ダメーッ!」 大声の静止虚しく開かれる扉。 開け放たれた扉の向こうから真央は目をそらそうと思ったが、深層的な興味からチラリと見てしまった。 ……見てしまったのだ。 「真央ちゃん? お兄様?」 色香がシュヴァルツにかぶりついているところを。 なお、シュヴァルツは人の形態はしておらず、タイ焼きの姿。 その光景は、「タイ焼きを食べているところ」そのまんまだった。 「まったく色香はリヴァイアサン族のアンコに目が無いなぁ」 ……アンコ? 「シュヴァルツも少しぐらい分けてやれよ。 核さえ残ってれば再生するんだろう?」 アンコってあのアンコ? アンコが再生? 「再生には少なからず魔力と時間を消費しますゆえ……」 「……あ、あの。シュヴァルツさん」 一人だけ置いてけぼりの真央が、状況打破のために勇気を出して声をかける。 「呼び付けで構いません真央お嬢様。 私は魔王様に忠誠を誓いし者。そのご息女である真央お嬢様に敬称をつけられては、魔王様に面目が立ちません」 「え、え……でも。 いや、それより、人型になれるって聴いたんですけど」 「可能です」 うにょにょにょ。 真央の質問に即答したシュヴァルツの体が変化していく。みるみる体積が増え、イギリス紳士風のナイスミドルに形を変えた。 ……ただし、タイ焼きの皮で象られている。石膏像のようなその見た目は、カッコいいというより不気味だった。 「お兄ちゃん、嘘は言ってないぞ」 ……確かに姉はシュヴァルツ(というかアンコ?)が好きのようだし、迫っていたのも事実。さらにシュヴァルツの人型は確かに美形だ。 「……えーと。わからないことだらけだから、アンコとかそこらへんのことを説明してくれると助かるんだけど」 からかわれたのは間違いなかったが、怒る気にもなれず真央はこの事態の説明を求めた。 「僭越ながらワタクシ自らご説明いたします」 うにょにょにょーと人型から再び魚型に戻って口をパクパクとさせるシュヴァルツ。 「リヴァイアサン族は本体である核と、アンコ。それとアンコを包む擬態用の外殻によって構成されています。海に生きていますし、標準的なアンコの体積と質量が近いので、普段は魚の形に擬態しているわけです。 なお、アンコとは『暗呼』と書き、魔力を増幅する器官です。 アンコの限界保持量がそのまま力量を示し、優秀なリヴァイアサン族は、尻尾部分までアンコがギッシリと詰まっているのですよ」 得意気な長々と説明してもらったが、真央はこんな感想しかもてなかった。 (まるっきりタイ焼きじゃん) 「でね。アンコって甘くて美味しいのぉ」 そこに付け足すように色香が恍惚とした表情で呟く。 (……やっぱりタイ焼きじゃん) |
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