魔王じゃないもんっ!
「第4話 和菓子じゃないもんっ!」
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「落ち着かれましたか? 真央お嬢様」 BBのように宙に浮き、自分を心配するその存在。 (どこからどう見てもタイ焼きじゃんっ!) 色、形、手触り、すべてがタイ焼きのソレそのものだった。それなのに、礼儀正しく、低く渋い声で自分をお嬢様と呼んでいる。ひどくシュールなその状況に、真央は唖然とするしかない。 「むぅ……人間であるお嬢様には、確かにワタクシの姿は恐ろしいかもしれませんね」 難しい口調でそんなことを言うシュヴァルツ。 しかし、どう見てもタイ焼きであるシュヴァルツの姿を、真央が恐れるはずはない。 タイ焼きの存在を知っているためか、翔太がシュヴァルツの死角で声をあげずに笑い転げていた。 「う、ううん。そんなことないよ。大丈夫。怖くないから」 笑いは伝染する。翔太の笑い転げる姿を見て、真央もこのシュールな状況がおかしくなってきてしまった。 「さすがは魔王様のご息女。 魔界ではワタクシの姿に震え上がるものも多いと言うのに……」 真央と少し距離を縮めながら、ひどく感動したように呟くシュバルツ。 真央からしてみれば、タイ焼きが小難しいことを言いながらズイと近寄ってきたようにしか見えない。 しかも真正面から見るタイ焼きというのは、かなり衝撃的な外見だ。さらに口がパクパクと動くたびに、口の奥に小豆色のペーストがチラチラと見えたりする。 「ぷっ……くっくっ……」 思わず吹き出しそうになって顔を逸らす真央。 「おっと、失礼。 さすがにこうも近づいては、怖がらせてしまいますよね」 別の方向に勘違いしているのがさらなる笑いを誘う。 「そ、それより……なんでお皿の上でじっとしてたの?」 このまま自分を怖がっていると勘違いをしている姿を見続けると、笑いを堪えきれる自信がないため、別の話題を振った。 完全にタイ焼きだと認識してしまったのは、これが原因でもあるのだ。 「翔太様のご考慮です。 いきなりこの姿で動きまわっては恐怖心を与えてしまうだろうとおっしゃられましてな。 動いていては攻撃的に感じてしまうかもしれないので、真央お嬢様が私の存在を受け止め、触れるくださるまでじっとしていろとご提案されまして」 ずっと笑い転げている翔太の姿から、それが真央を驚かせるためのウソであることは明白だった。 真央が翔太をキッと睨みつけると、ペロっと舌を出して推測を肯定する。多少の怒りを感じた真央だが、なにやら小難しい言葉で翔太の心遣いがどうだだの、さすがは魔王様のご子息だのと喋っているタイ焼き……いや、シュヴァルツの姿に怒りが霧散し、変わりに笑いがこみ上げてきてしまうのだった。 「あの、真央お嬢様。 さきほどから何かを堪えておられるようですが、どこか具合でも悪いのでしょうか?」 心配そうに声をかけてくるシュヴァルツ。 「だ、大丈夫。大丈夫だから」 その言葉には『大丈夫だから近づかないで』という意志がこめられている。これ以上近づかれると間違いなく吹き出してしまうからだ。 「……そうですか。 何かありましたらワタクシめにおっしゃってください。魔王様より、真央お嬢様が健やかなる生活を送れるよう尽力せよとの命を受けていますゆえ……」 言っていることはありがたい。 しかも翔太や色香とは比べ物にならないほど理知的である。しかし、だからこそ。 「ぷーっ!!」 真央は我慢の限界が来て吹き出してしまった。 |
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