魔王じゃないもんっ!
「第4話 和菓子じゃないもんっ!」
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空は赤黒く淀み、昼と夜の区別がない。海もその光を受けて赤黒い色をしていた。 ここは魔界。アスラたちの世界。 人間界では立地条件最悪だと評価されるような崖の上に、聳え立つ禍々しい建物がある。 魔王城。 アスラの魔界での住処である。 と、言ってもアスラが魔王城にいる時間は短い。普段は忙しく動き回っている。 アスラの主な仕事は人間界への不正介入の取り締まり、魔界そのものを破壊しかねない闘争の仲裁などであるが、どれも件数が多い。 数多の魔族を従えているが、アスラは自らが出向くことが多かった。 力による制圧が基本なのだが、圧倒的な実力差がない限り、無血収拾はありえない。その点、魔王の名をほしいままにする圧倒的な力を持つアスラは、どんな闘争の仲裁も行える存在だったのだ。 そんなアスラが魔王城に滞在するときは決まって従者に指示を出すときである。そんな理由から、この魔王城は住居と言うよりはブリーフィングルームと呼ぶ方が適切であった。 「シュヴァルツ」 魔王用に作られた玉座に腰掛けたアスラが何者かの名前を呼ぶ。 「はっ、ここに……」 呼び声に即座に反応する声。薄暗い場内ではその存在の姿は確認できない。 渋みの聞いた低音。それでいてはっきりと聞き取りやすい声色からは、賢そうな中年男性の姿が想像できる。 「海の魔界統治部隊長の任、よくやってくれている。貴様の働きによって、海は平和なものだ。感謝している」 「もったいなきお言葉……」 アスラの謝辞に恭しく応えるシュヴァルツ。 「海の統治は海の覇者たるリヴァイアサン族の務め。当然のことをしている次第であります」 アスラは海、空、陸とそれぞれ直属の統治部隊を持つ。それぞれその場所で特出した能力を持った種族が選ばれるのだが、シュヴァルツの言葉通り、海ではリヴァイアサン族が最も強い力を持つ種族であった。 シュヴァルツの口調には、絶対の忠誠から来る礼儀正しさがあり、その言動は絶対の自信があった。 「ところでシュヴァルツ。 貴様の部下たちは順調に力をつけてきているか?」 「ええ。 この頃は力のコントロールもうまくなってきて、ワタクシに勝るとも劣らない者も多くなってきております」 今まで凜とした声色を崩さなかったが、部下の話になると少しだけ柔らかくなる。それだけで、シュヴァルツがリヴァイアサン族を束ねる器が伺い知れた。 「……例えば、5年……いや、3年ほどの短い時間であれば、貴様がいなくても海の統治は問題ないだろうか」 「……おそらく平気だとは思いますが……」 今まで言葉に詰まることなく返事をしていたシュヴァルツだが、アスラの言葉が理解できずに少し考えてしまう。 「……それは統治部隊長の任を降ろすということでしょうか? 何か至らない点でもありましたか?」 シュヴァルツは自分の仕事に誇りを持っていた。だから、少なからずショックを受けているのだ。 「いや、そういうわけではない。 ……ただ、これから頼みたい仕事は、貴様以外に適格者がおらんのだ……。 シュヴァルツよ。頼まれてくれないか?」 アスラは顔を歪ませて言う。 シュヴァルツはその様子にただならぬモノを感じ、これから告げられる任務の重要性を感じ取った。 「このシュヴァルツ。 魔王様のためならばなんなりと……」 再び恭しく礼儀正しい口調に戻ったシュヴァルツ。アスラはその様子に満足そうに頷くと、少しだけ躊躇ってからシュヴァルツに別の任務を与えた。 |
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