魔王じゃないもんっ!
「第4話 和菓子じゃないもんっ!」


−1−

「ん〜っ!」
 真央はみかん箱の上で必死に背伸びをしていた。
 今日は日曜日。
 よく晴れていたが、急に冷え込んできたため夕飯は鍋にしようと思い立ち、少し高めの棚の上に保管してある鍋を取ろうとしているところだった。
「くっくくぅ……」
 つま先で立ち、限界まで体を伸ばす。
 真央がここまで意地になるのには理由があった。
 去年、このみかん箱を踏み台にして挑戦したところ、もう少しで届きそうだったのである。だから、1年経過した今ならば届くと思っていたのだ。
 なんたって自分は成長期。
 1年あれば身長はググンと伸びる。
 伸びるはずなのだ。
「んんぅぐぎぃいぃいいい!!」
 しかし現実は厳しいらしい。
「真央〜届かないのかぁ〜?」
「と、届く……届くんだもん……」
 聞こえてきた翔太の声に、強がりを返す。
「ふむ……それはともかくとして、イチゴはちょっと季節ハズレだと思うが……」
 現在11月中旬。翔太の言葉通り、イチゴは季節外れであるが、なぜいきなりそんなことを言うのかわからなかった。
 わからなかったがすぐにわかった。
「……お兄ちゃん……」
 今まで棚の上の目標物にしか目を向けていなかったので気が付かなかったが、少し回りに目を向ければその奇行は目に付く。
 翔太は床に寝転がっていたのだ。
 そして真央は今日、スカートをはいている。
 ここまでくれば何がイチゴなのかは容易に想像がつくし、昨夜の風呂上りの記憶もそれで間違いないと訴えている。
「デビルスィーング!」

 スパコーンッ!

 今日も出門家の天井に穴が空いた。

 魔王の杖が天井の修理をし終えた後、玄関のドアが開く。
「ただいま」
 翔太が帰ってきたのかと思ったが、声質が明らかに違っていた。
 その重く響き渡る声。聞き間違おうはずもない。
「おかえり〜パパァ〜!」
 真央は瞳をキラつかせながら、筋肉でハチ切れんばかりのスーツを着込んだ、アスラの胸へと飛び込んだ。
「まったく、真央は甘えんぼさんだな」
「へへへ……」
 相変わらず会話だけ聞けば仲のよい父娘のやりとりなのだが、映像が入ると別のものに見えて仕方が無い。
「でもいきなりどうしたの?
 私はいつでも大歓迎だけど!」
 普段はしっかりしていて隙の無い雰囲気のある真央だが、アスラの前では子供のようにはしゃぐ。
「ちょっと仕事がひと段落したから寄ってみたんだよ。
 ところで何をしてたんだい? みかん箱なんて出して……」
 アスラの疑問にペロッと舌を出す真央。
「棚の上の鍋を取ろうと思ったんだけど届かなくて……。
 ねぇ、パパ。とってくれないかな?」
 先ほどまで意地になっていたのがウソのようにアスラに甘える。普段背伸びしようとしている分、アスラの前では甘えたい衝動が強くなるのだ。
「お安い御用さ」
 身長250センチを越えるアスラにとっては本当にお安い御用だった。
「そうか……今日はお鍋か……」
「パパも一緒に食べようよ」
「いや、1時間ぐらいしたらまた行かなきゃいけないところがあってな」
 明るかった真央の表情が一気に曇る。アスラは困った顔をしながら真央の頭を撫でた。
「月末、時間を作れそうなんだ。
 そのときは蓮子も一緒に連れてくるよ」
「本当っ!?」
 曇った顔に一気に光が差した。
 真央の母親である蓮子は、アスラの顔が利く設備の整った大病院に入院している。しかし首都圏から離れたこの光野町から向かうには、3時間以上電車に乗る必要があるのだ。
 ちょっとお見舞いにという距離ではないため、真央は入院後に一度しかお見舞いに行っていなかった。
 なおアスラは魔族的な方法で、二日に一度はお見舞いに行っている。
「ねぇ、紅茶ぐらいだったら飲んでいけるよね?」
「大丈夫だ」
「じゃあ、美味しい茶葉が手に入ったから飲んでいって!」
 すっかりご機嫌になった真央は、お湯を沸かし始めた。
 アスラは真央がお茶の準備をしている姿に少し目を細めた後、リビングのソファーに腰をかけた。
 4人がけのソファーだったが、残ったスペースは少ししかなく、真央ぐらいしか腰掛けられないだろう。
「ん?」
 座ったすぐあとに、リビングのテーブルの上にDVDを見つけた。普段なら特に気にしないのだが、DVDのラベルがアスラの興味を引くものだったのだ。
『真央の学校生活』
 その外見がゆえ、学校行事は表立って参加することのないアスラは、真央の学校生活を見る機会が少ない。
 運動会などイベントのときは、クラスメイトの父兄にビデオを見せてもらっている。蓮子が壊滅的に機械オンチであるため、撮影を頼めないからだ。
 これもクラスメイトの父兄が好意で提供してくれたものだろうが、こんなタイトルのDVDは見たことがない。
 新しいものだと判断したアスラは、従者であるエルとアールにDVDを再生するように命じた。
 なお、ものぐさではなく、アスラの大きな手ではDVDの操作が難しいからだ。リモコンだけはアスラ用の特注リモコンが用意されている。
「………………」
 どんな映像が流れるのかと楽しみにしていたアスラだったが、映像が流れ始めるとともに思考が停止した。

『おっぱい! おっぱい!』

 クラスメイトに囲まれる真央。しかも、真央の胸はなぜか大きくなっている。
 紛れもなくあの時の映像だった。

「な、なんじゃコリャー!!」

 アスラが腹の底から出した叫び声は、振動波となり出門家の壁にヒビを入れたと言う。

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