魔王じゃないもんっ!
「第3話 巨乳じゃないもんっ!」

−9−

 授業中もどこか落ち着かない5年4組。
 ほのかのおかげで一応授業は行われているが、皆真央の胸が気になって仕方がないようだった。
 そして、授業が終われば当然真央のところにクラスメイトたちが集まってくる。
 女子は周りを囲むように。男子は遠巻きにチラチラと。休み時間は、真央を中心に今までにない騒がしさを見せた。
「病気とは言え……ホントすごいねー」
「うんうん」
 集まる視線。大きな胸に対する賞賛の声。
 許容量を遙かに超えたコミュニケーションの波は、真央の頭をショートさせている。
「出門!」
 そこに、大きな声とともに女子の波をかき分けてくる男子生徒がいた。
 北野安吉。少し運動ができるだけでそれほど目立たない生徒で、真央とそれほど仲がいいわけでも無い。そのため、こんな大胆な行動は予想外だった。
「ど、どうしたの? 北野君」
 その意外な行動により、女子全員が道を作り、彼を見守ることにした。
 安吉はできた道をゆっくりと進み、大きく息を吸い込んで深呼吸すると、目をカッと見開いて叫ぶ。

「頼むっ! 揉ませてくれっ!」

 再び5年4組が凍りついた……。

 北野安吉には、女子には知られていないニックネームがある。
『巨乳馬鹿一代』
 彼は大きな胸に対して並々ならぬ執着があった。
 自室のベッドの下には、1年前から発行されている「巨乳アイドル専門誌」、「DEKA-PAI-FUN」が一号からすべて揃えられており、巨乳が売りのグラビアアイドルのビデオ、写真集の数は数え切れないほど。自室には隠しきれず、お年玉で買った南京錠付きの物置に保管されているらしい。
 男子の間では結構有名な話だが、女子には巧妙に隠していた。と、言っても「巨乳」にしか興味の無い彼にとって、クラスメイトなど眼中に無く、体育の授業で女子の胸が揺れようが全く意に介さないことから、女子からは「ストイック」などと思われていた。
『Gカップ以上の大きさがあり、かつウェストも細くなければ、巨乳とは言えない』
 そんな彼の持論を満たす巨乳は、現実ではなかなかお目にかかれるものではない。
 しかし今、目の前に彼の求めるものがあった。
 今まで培ったストイックなイメージが壊れるとか、変態扱いされるとか、そういうことは頭に浮かばなかった。
「頼む出門! 少しでいい! 揉ませてくれっ!」
 再度の要求により、凍り付いていた教室が一瞬で溶解し、代わりに炎が燃えたぎる。
「ヘンタイ!」
「すけべ!」
「死ね!」
 そして北野安吉は、女子から罵詈雑言を浴びせられ、手加減なしの暴行を受けるはめになった。

「女子のみなさんっ!」

 バンッ!

 安吉がボロ雑巾状態で教室の隅に捨てられるとともに、黒板が強く叩かれる。
 叩いたのは、いつの間にか教卓の前に立っていたすず子だった。
「気づいているでしょうか?
 真央さんに対する男子生徒の視線を!
 病気で胸が膨らんでしまっている真央さんに対し、イヤらしい視線を送っているのです!」
 すず子の突発的な行動に、最初は面食らっていた女子生徒たちだったが、その内容は深い同意を得られるものだったので、やがてうんうんと頷きだした。
「それだけでなく、携帯電話のカメラ機能で撮影をしている不埒者、最終的には揉ませてくれなどと抜かす大馬鹿者までいる始末!」
「おまえなんていきなり揉んだじゃないか」
 すず子の演説の途中で、男子生徒の野次が飛ぶが、長身とするどい眼光に気圧されてしまう。
「あれは胸が本物かどうか確かめる必要があると思ったからであり、イヤらしい気持ちからではありません」
 そして、ピシャリと言い放つその言葉には、反論を許さない気迫があった。
「ただでさえ昨今の男子生徒のセクハラ行為は目に余るものがあります。
 体育の時間、走っている女子を指さしてはニヤニヤと笑ったり、階段を上る女子のスカートを覗き見ようとしたり。
 それだけでも許すまじき行為です」
「そうだそうだ!」
 すず子の演説に、頷くにとどまらず歓声があがる。
「その毒牙が今!
 病気である真央さんに向けられようとしています。
 この事態を同じ女子として放っておいてよいものか!
 否! 断じて否っ!」
 どんどん熱を増す、すず子の演説。女子生徒は完全にその熱気に飲み込まれていた。
「そこで私は、真央さんの胸を男子生徒のセクハラ行為から護るため、女子生徒の団結を提案する!」
「わぁぁぁあああああ!」
 教室が割れんばかりの大きな拍手と歓声。
 安吉の行動により、いつの間にかよくわからないほど大事に発展している状況に、男子生徒たちは唖然としていた。
 安吉の行動は、巨乳を心から愛しているが故のものだった。ほとんどの男子生徒は、安吉の趣味の恩恵を受けているため、彼の行動を責める者はいない。
 だがそれは、女子生徒の団結時に生み出される、凄まじいパワーを知らないからであろう。 
 なお、渦中の人である真央は、この空気にノリ切れずに顔を引きつらせていた。


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