魔王じゃないもんっ!
「第3話 巨乳じゃないもんっ!」

−8−

 すでに予鈴は鳴り終わり、廊下を歩く生徒の姿は見えない。真央たち3人は、自分たちのクラスである、5年4組の教室の前で大きく深呼吸をしていた。
 真央が教室に入ることで、クラスが混乱することは容易に想像できる。事を荒立てず、混乱を素早く収拾するためには、自分たちがクールである必要があった。
「いい?」
「うん」
 声を掛け合い、意を決して教室のドアを開き入室。
 開いたドアに何気なく視線を向ける生徒たち。そして、その視線の先にある存在に絶句した。
 一瞬の静寂。
 しかし、誰かが口を開けば、たちまちクラスは混乱の渦に巻き込まれるだろう。先手を取るべくひとみが口を開こうとするが、その前に起きた椅子を引きずる音にさえぎられた。
 真央の胸に注がれていた視線が、その音を立てた人物へと移る。
「……すず子さん?」
 津田すず子。
 一番の特徴はその長身である。小学5年生ですでに160を越えており、スレンダーな体型であるため、スラリとそびえ立つその姿はそれだけで存在感がある。
 いつも無表情で無口、ミステリアスな雰囲気漂う彼女は、いろいろな意味で一目置かれつつ、同時に距離も置かれている。ただ、嫌われているわけではなく、近寄りがたい雰囲気なのだ。
 まるでモデルのような歩き方でツカツカと真央に歩み寄る。
 その姿、立てば竹、歩けば竹馬。そんな彼女の行動のせいで、クラスメイトは未だ呆然としており、教室は静寂に包まれたままだった。 
 やがて真央のもとにたどり着くと、膝を曲げて目線を胸の位置まで落とした。
「え? な、なに?」
 そして彼女はクラスメイト全員が予想もしていなかった行動に出る。
 おもむろに、両手で真央の大きな膨らみをワシ掴んだのだ。
「!!!!!!」
 声無き絶叫が教室にこだまする。
 しかしすず子は、そんなことを気に留める様子もなく、ワシワシと胸の感触を確かめるように手を動かした。
「ちょ、ちょ……すず子さん、ヤメッ……あっ」
 その光景にクラスメイト全員が絶句する。真央はどうすればいいのかわからず、為すがまま。真央を守ると意気込んでいたひとみと蘭子も、想像を超える事態に何もできない。
 小学5年生。色々なことに興味を持ち始めるそんな時期。早熟なクラスメイトには、真央とすず子のバックに咲き乱れる百合の花が見えた。
 数秒間その胸の感触を確かめたすず子は、やがて納得したようにウンウンと頷くと、クルリと反転してクラスメイトを見回す。そして、やたら通る声で宣言した。
「パッドではなくホンモノですっ!」
 さらに凍り付く教室。しかし数秒後、じわじわと解凍されると共に、教室が一気に沸き立った。
「なんだよそれ! どうなってんだよっ!」
「まままま真央ちゃん。ホンモノって何で!?  何をどうしたらそうなっちゃうの?」
 クラスメイトのほとんどが真央の周りを囲むように集まり、質問攻めが始まってしまった。
「ちょ、ちょっと」
「み、みんな聞いて……」
 必死で真央を好奇の視線から守るべく努力するひとみと蘭子だったが、圧倒的な数の差のせいでその声は届かない。
「なになに〜? みんな何を騒いでるのよ〜」
 子供特有の高い声の中に、大人の声が入ってくる。
 5年4組の担任を務める広田博美だった。
 ベリーショートでこざっぱりした美人。服装もシンプルで、ジーンズとトレーナーという動きやすいものでまとめられている。
 チャイムも既に鳴り終え、授業の時間はとっくに始まっているので、担任である博美がこの場に来るのは当然のこと。先生の登場に、収拾がつかないと思われた騒ぎもピタリと止まった。
「ほーら、とりあえずみんな席につく!」
 指示を出すが、言うことを聞く様子が無い。
「それより先生! 出門が!」
「なによー、出門がどうしたってー?」
 騒ぐ生徒の言葉を面倒くさそうに聞くが、渦中の人である真央を見た瞬間顔色を変えた。
「デカッ!
 ちょっとちょっと! 何がどうしちゃったのよー!」
 広田博美。通称ピロピロ。彼女は教師としては人格面に問題がある。極度の面倒くさがり屋で、放任主義者。しかし、おもしろいものに目が無く、おもしろいことは生徒と一緒に騒ぐ困ったタイプの人間だった。
 事態を収拾すべき立場である担任も加わり、一層騒がしくなる教室。もう誰にも止められないと思われた状況だったが、この教室も無法地帯ではない。きちんと秩序を守らんとする存在がいるのだ。
「ちょっと先生! 授業はとっくに始まっていますのよっ!」
 バンという机を叩く音と共に、怒鳴り声が教室に響き渡る。その声と音に、騒がしかった教室がシンと静まり返った。
 声の主はクラス委員を務める小手岸ほのかだった。
 彼女は日本屈指の大企業、小手岸グループの最高責任者である小手岸頼場の孫娘で、筋金入りのお嬢様だ。そのためか、クラスでも高慢な態度をとることが多く、さらに融通も利かないため、彼女に対する印象はあまり良くない。
「みなさん! いい加減席にお戻りなさい!」
 目一杯背伸びをして声を張り上げる。ほのかは真央と背比べをしてギリギリ勝つぐらいの身長しか無く、それがコンプレックスなのか、クラス委員としてクラスメイトに注意するときなどは、背伸びをする癖がある。
「それと出門さん! その非常識な胸について、みなさんに説明なさい!」
「ハ、ハイ!」
 間髪置かずに、今度は真央へ。
 口調はきついが、事態を収拾させる願ってもないチャンスであった。
「それについては私から説明します!」
 すず子の行為があとを引いて、未だ正常とは言い難い精神状態の真央に変わって、ひとみが名乗り出る。
「実は……」
 ひとみの要領を得た説明により、5年4組の混乱は一応の収拾を見せた。

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