魔王じゃないもんっ!
「第3話 巨乳じゃないもんっ!」

−7−

「どうだ真央! ぴったりだろ?」
 確かに翔太の言うとおり、胸が大きくなってしまった今の身体にジャストフィットする制服だった。
 しかし、どう見ても今の自分はおかしい。
「……や、やっぱり学校休む」
 今日は平日。普通に学校がある。
 この胸で登校したら、学校のみんなに何を言われるかわからない。
 あのあと、兄は意外と早く戻ってきた。
 とりあえず他に相談する人もいないので、魔法でなんとか元に戻せないか聞いてみたが無理らしい。
 魔法と魔法の薬である秘薬では勝手が違う。秘薬も魔法と同じく、因果関係に誤差を引き起こすものであるのは間違いないのだが、魔法よりも圧倒的に定着率が高く、魔法でさらに誤差を引き起こすということが難しいらしい。
 加えて、色香は魔界でも秘薬を作らせたら右に出るものはいないと言われるほどの実力者。安定率、定着率ともに他の追随を許さないほど完成度が高い。翔太は秘薬には精通しておらず、簡単なものならまだしも、色香の秘薬効果を中和するものは作れない。
 つまり、この胸をなんとかできるのは色香だけということだ。
 とりあえず翔太は、得意の練成魔法で大きくなった胸に見合う服を用意してくれた。下着までバッチリ用意するあたりが下心を感じずにはいられないが、実際問題この胸のサイズに下着は必要不可欠である。
「何を言ってるんだ!
 具合が悪いわけでも怪我をしてるわけでもないんだろう?
 お兄ちゃんおサボリなんて許しませんよっ!」
 言っていることは正論だが、顔が笑っているため説得力が無い。
 しかし、真央自身もなるべくなら学校を休むことは避けたかった。
 真央は小学校に入学してから一度も休んだことが無い。
 真央は頭もいいし、運動もできる。作文コンクールで入賞することも、運動会で一等賞をとることもしばしば。しかし、両親は優秀な成績を残すことよりも真央が元気でいることが一番嬉しいようで、毎年皆勤賞の賞状を持って帰ってくると、「今年も元気で健康な一年を過ごせたんだね」と幸せな顔をしてくれる。病気なら仕方がないが、こんなことで皆勤賞が貰えなくなるのは、納得いかなかった。
「うー」
 しかし、やはりこの姿で表に出る踏ん切りがつかない。
「もう蘭子ちゃんもひとみちゃんも来てる時間だぞ」
 時計を見るとすでにそんな時間だ。よほど遅れない限り、二人は家の前で待っていてくれる。
「うーうーうー」
「ほらほら、お兄ちゃんが二人にうまく説明してやるから」
 そんな言葉と共に背中を押して外へ出そうとする翔太。真央も休みたくないと思っているため、それほど抵抗もしなかった。

「あ、真央ちゃん! おは……」
 真央が家から出てくるのを見つけたひとみの挨拶が途中で止まる。
「遅いぞ真央って……デカッ!」
 後から顔をのぞかせた蘭子も目を丸くした。
 いつも通り待っていてくれた二人は、真央の姿に驚きを隠せない。
 あまりのことに言葉を失って立ち尽くす二人。真央はその反応に羞恥心が煽られて固まってしまう。
「おはようひとみちゃん。おはよう蘭子ちゃん。驚くのも無理は無いけど、話を聞いてくれないかな」
 そこで爽やかモードの翔太が登場。
「え、あ、お兄さん! どうなっちゃってるんですか」
 完全に硬直していた三人だったが、翔太の登場によって意識が戻る。
「うん……実はね」
 興奮気味の二人に対し、翔太は物憂げな表情を浮かべた。そのただならない雰囲気に、二人は固唾を飲んで言葉の続きを待つ。
「真央は今、病気なんだ」
「ええっ!?」
 翔太の言葉に、ひとみと蘭子だけでなく、真央も驚きの声をあげる。なんの打ち合わせもなかったので、いきなり病気と言われて動揺してしまったのだ。
「え? 真央ちゃん?」
「あ、ああ、うん。実はそうなの」
 細かいことに気がつくひとみが真央の様子にいち早く気がつくが、真央は苦笑をもってなんとか誤魔化した。
「この病気は僕の国の風土病でね。日本名にすると、『突発性豊胸症』ってところかな。
 でも安心して、胸が大きくなる以外に症状は無いし、一日か二日で治るから」
 平気で嘘八百を並べる翔太に開いた口が塞がらなくなる。この異常事態を、人間界の理で説明するとしたら妥当なのかもしれないが。
「でも、なんで真央ちゃんがお兄様の国の風土病に……」
 思いつく疑問を口にするひとみ。翔太の言うことを疑っているということは無いが、疑問をそのままにできない質なのだ。
 なお、ひとみは翔太のことを『お兄様』と呼び、蘭子は『お兄さん』と呼ぶ。
 その質問を受けた翔太は、目を伏せて小さく震えた。何か言いにくいことを言う前の仕草そのものだ。
「……僕の……せいなんだ」
「……え? どういう?」
 今まで話についてこれなかった蘭子も、翔太のただならぬ雰囲気と言葉に反応する。
「この病気は、人から人に感染することは無いんだけど、食べ物から感染することはあるんだ。
 ……僕が……国のお土産を真央に食べさせたばかりに……。ごめん、真央」
 感極まったようにわなわなと震える翔太。
「そ、そんな。お兄様」
「真央だってお兄さんが悪いなんて思ってないですよ!
 ね? 真央」
 あまりにも平然と演技をする翔太に唖然としていた真央は、突然会話をふられても気の効いたことは言えず、コクコクと頷くことしかできていない。
「……ありがとう。君たちは本当に優しい子だね」
 目を潤ませてのスマイル。ひとみと蘭子はその眩しさに直視することができず、赤くなって小さな声で謙遜していた。
「それで、君たちにお願いがあるんだ」
「ハ、ハイ! 私たちにできることなら何でも言ってください!」
 真央は翔太の鮮やかな会話展開に呆れを通り越して感心していた。なんと言うか、友人二人はすでに翔太に骨抜き状態にされている。ここでお願いがあるなどと言われれば断れるわけがない。
 真央は兄がホストの仕事をしていることを思い出す。プロの技は小学生の女の子をも虜にするのか。
「学校で真央を守ってあげてくれないかな。
 きっとこの大きな胸をからかわれたりすると思うんだ。それで真央がいじめられるようなことになったら、僕は……」
「だだだ大丈夫ですお兄さん! 真央は絶対アタシ達が守りますからっ!」
「そうですよお兄様! 任せてくださいっ」
 すでに骨抜き状態の二人は、翔太が笑顔を蔭らせるだけで慌てふためき、ドンと胸を張って自分たちが真央を守ることをアピールする。
「ありがとう、ひとみちゃん。ありがとう、蘭子ちゃん。
 真央は幸せモノだね」
 感謝の言葉を、「二人とも」とは言わず、丁寧に一人ずつ熱視線と共に送り、トドメに爽やかスマイル。
「はうっ」
 二人は鼻血を出さんばかりの勢いだ。
「あ、ごめんね引き止めて……時間大丈夫かな?」
 高揚状態の二人だったが、時間のことを言われて我に返る。
「あー! 走らないと間に合わないよ」
「それじゃあお兄様! 真央ちゃんはしっかり守りますから!」
「それじゃあ、いってきます!」
 慌てて走り出す三人。
「いってらっしゃい」
 最後まで爽やかさを損なわない兄の姿に、真央は背筋が寒くなる思いだった。 

 息が切れない程度に小走りで登校する三人。
「まぁ……その……なんというか……」
「すごい……ね」

 ぶるんっぶるんっ!

 ひとみと蘭子は、動きに合わせて大きく揺れているその大きな胸に、無意識のうちに視線が行ってしまっていた。
「は、恥ずかしいからあんまり見ないでよ……」
 真央はいつもと違う自分の身体を思うように動かせず、ひとみですら息を切らさないスピードで、呼吸を荒くしていた。
「いや、見るなと言われても……」
「う、うん……」

 ぶるんっぶるんっ!

 その圧倒的存在感は、意志を超越する。
「もう! そろそろ予鈴鳴っちゃうからスピードアップするよーっ!」
 羞恥心から全力ダッシュで視線を逃れようとする真央だが、胸が大きすぎてうまくバランスが取れずに足元がおぼつかない。そればかりか、スピードはそれほどあがらずに、動き自体は大きくなっているので、それに比例して胸の揺れはさらに大きくなっていた。
 胸の揺れに合わせて蘭子とひとみの視線が上下する。
 友人二人でもこの反応。学校に着いたらとんでもないことになるのではないだろうか。やっぱり学校を休めば良かった。
 真央のそんなことを考えたが、学校の門はもう目の前だった。

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