魔王じゃないもんっ!
「第3話 巨乳じゃないもんっ!」

−5−

 夕飯の後片付け、明日の準備、宿題、入浴。そのすべてを済ませ、後は寝るだけになった真央は、パジャマに着替えてベッドに横になっていた。
(お姉ちゃん、どうしたんだろう?)
 夕飯の時も、何を話しかけても上の空で、ブツブツと何か呟いていた色香の姿が思い浮かぶ。
 普段は翔太の話を聞き漏らさないようにと必死で、翔太がひとたび声を出せば顔を綻ばせていたのだが、今日は終始考え事をしていたようだった。

 コンコン。

 そんなことを考えている中で、控えめなノックの音が響く。真央はドアを開ける前に指輪を杖に変化させて、ドアの前に控えた。
 今日は翔太の仕事が休みの日だ。休みの日は、かなりの確率で一緒に寝ようと迫ってくるのでこれくらいの警戒は必要だ。
 杖をしっかり握って開錠する。
 このカギはアスラが用意した特別製で、いくら翔太と言えど、光の翼を発動しなければ開けられないほどの強い魔力を秘めている。
 なお、光の翼を発動すると、その力の余波は魔界まで及び、アスラが跳んでくるので翔太でも開けることができない。正確には、一度それをやってしまい、半殺しにされてしまってからもう二度とやらなくなった。
「カギ、開けたよ」
 杖を握り締めてそう告げる。
 翔太が飛び込んできたら、デビルスウィングを素早く発動させるつもりだった。
「真央ちゃん。ごめんね、こんな遅くに」
 しかし扉を開けたのは色香だった。少し拍子抜けしつつ、魔王の杖を指輪に戻す。
「ううん。どうしたの?」
 色香が真央の部屋に訪れるのは珍しい、というか初めてのことだった。
「う、うん。あのね……あのね……」
 部屋の前でもじもじとする色香のしぐさははにかむ少女のようなのだが、色っぽさここに極めけりのネグリジェ姿をしているため、少女には到底見えない。
「遠慮しないで入って入って」
 姉の手をとって部屋に引き込み、ベッドに並んで座る。
 真央は並んで座った二人が映る鏡が視界に入り、愕然としてしまった。
 二人は姉妹のはずなのに、似てる要素がひとつも無い。
 色香と並んでしまうと、自分はどうしようもなく子供っぽい。いや、子供なのだが。
「何か話があるんだよね?」
「うん」
 しかし、会話の所有権は真央にあり、会話だけを聞けば真央が姉のようだ。
「……あの、これ」
 胸元から取り出す小さな小瓶。
「これは?」
 キラキラと輝く透明の小瓶には、薄くピンク色に発光する液体が確認できた。
「うん、幸せになれるお薬」
 顔を赤らめて言う姉のしぐさは、鼻血が出るほど可愛いく、言葉の意味などどうでもよくなってしまう。
 しかしそうもいかない。
「……幸せになれる?」
 嫌な予感がした。
 真央の勘はするどく、特に嫌な予感はあまり外さない。
「うん。真央ちゃんと私が幸せになれるお薬なの」
 そう言ってもう一つ小瓶を取り出す色香。今度は薄い水色に輝く液体が入っていた。
「……あ!
 もしかしてこれを作ってたの?」
 二つの小瓶を見てピンと来た。
 部屋にこもっていたのはこれを作っていたからなのだろう。色香がコクンと頷き、すぐに真央の予想は肯定された。
「い、一生懸命作ったの。
 私が水色。真央ちゃんがピンク色。
 一緒に飲んだら幸せになれるの」
 そう言ってピンク色の液体の入った小瓶を真央に渡す。
「え、えーと……」
 嫌な予感が止まらなかった。
 忘れてはいけない。色香も魔族なのである。魔族の作った薬。果たして飲んでいいものか。
 そんな真央をよそに、色香は小瓶の蓋を開けており、飲む準備は万端だ。
「……どうしたの?」
 不思議そうな視線を向けてくる色香。
 その表情は、容姿の端麗さに比例しない子供のような純粋さがあり、有無を言わせない破壊力があった。
「あははは」
 その視線のせいで断ることが出来なくなったが、かと言って飲む勇気は出ず、引きつった笑いを浮かべて時間を稼いだ。
「ま、まずくないよ? 美味しいよ?」
 心配の方向が違っていたが、気遣う言葉はさらに真央を追い詰める。
「……えーと」
「飲んでくれないの?」
 不安そうなその表情。
 大人の女性の容姿に純粋無垢な性格。
 真央はそのギャップから生まれる強烈なパワーに、「萌え」という言葉の意味を理解した。
「飲む飲む。飲むよっ、お姉ちゃん!」
「ありがとう真央ちゃん。一緒に幸せになろうね」
(も、萌え〜っ!)
 続けて笑顔を作る色香に、真央の脳内に翔太がよく使う言葉が駆け巡った。
「じゃあ、いっせーのーせっ!」

 ゴクッ。

 量も少ないため、一気に飲み干す二人。
「う……」
 飲んですぐに、真央が顔をしかめてうずくまる。
「真央ちゃん?」
 うずくまったままで痙攣する真央を気遣うが、復活の兆しは見られない。
 その様子に、色香がパニックを起こすか起こさないかのタイミングで真央が顔をあげる。その顔は真っ青だ。
「お姉ちゃん……コレ、甘過ぎ……」
 真央を沈めた正体は、薬の効果ではなく、その薬の甘さだった。
「そ、そうかな……これでも控えめにしたんだけど……」
 世界の甘味が一堂に会した鍋を煮詰めたような甘さ。この甘さが控えめだとしたら、控えめじゃなかったとしたら……。
「う……歯磨きしてくる……」
 想像しただけ、気絶しそうになるその甘さに吐き気を覚え、真央は清涼感を求めて洗面台へと急ぐ。
 その時は、ただただ口に残る甘さをなんとかしようと必死で、薬の効果とかそんなことを考える余裕はなくなってしまっていた。

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