魔王じゃないもんっ!
「第3話 巨乳じゃないもんっ!」

−15−

「ただいま……」
 家にたどり着いた真央は、ふらふらとよろめきながらソファーへと一直線。たどり着くと共に撃沈。それとともに大きな胸が揺れるが、それにも慣れてしまった。
 おっぱい教の偶像として、二時間の拘束。その間、発動したおっぱいウェーブの回数は三桁を超える勢いであった。
「おかえりー」
 翔太がニヤニヤと笑いながら真央を見ていたが、真央は怒る気力も無かった。いや、翔太の行動には呆れを通り越して関心してしまっている。
 検索される可能性があるかもしれないという理由で、あんなサイトを作成する行動力には頭が下がる。その行動力のせいで、ここまで大打撃を被ってしまったのだが。
 色香は出迎えに来る様子が無い。少しの希望を持って、今朝消滅した部屋を見たが、変化は無かった。
 明日もこの状態なのだろうか。
 もしそうなら、誰がなんと言おうが休むと心に決めていた。
「夕飯……どうしようかな……」
 すでに18時を過ぎている。普段なら夕飯の仕上げの段階に入っている時間だった。買い物にはいけなかったが、ありあわせの食事を作るぐらいの材料は冷蔵庫に入っている。だが、兄が19時くらいに出勤するため、今から準備しては間に合わないだろう。
「お兄ちゃん、コンビニ弁当でもいい?」
「それだったら出前とろうよ、出前。ピザピザ」
 翔太は真央の提案をあからさまに嫌な顔をして否定し、ピザをねだった。
「ピザだと30分ぐらいかかるからお兄ちゃんの出勤時間には間に合わないよ」
「あー、大丈夫大丈夫。今日はお休みにしてもらったからさ。色香がいないと不安だろ?」
 そうだった。兄と姉はBBの監視目的があるのだから、二人とも長時間不在にするのは好ましくない。
 真央は、一応考えてくれてるんだなと少しだけ見直した。
「……それに、真央と二人っきりなんてあんまり無いからな。ヌフフフ」
 前言撤回。
「二人っきりじゃないもん。天ちゃんもいるもん」
 真央がプイッとそっぽを向くと、自分を呼ぶ声が聞こえたのか、BBがプカプカと浮きながらリビングにやってきた。
「……じゃあ、ピザ? 二人で食べきれるかな」
 翔太が休みなら自分で夕食を作る時間もあるのだが、もうすっかりやる気は喪失してしまっているため、提案を受け入れることにした。真央はあまり使わない電話帳から、ピザ屋の電話番号を探し始める。
「大丈夫大丈夫、検索したよー」
 そんな真央に、モバイルノートパソコンの画面を見せる翔太。なるほど、インターネットで検索するほうが電話帳から探すよりも早い。あまりインターネットを使わない真央にはできない発想だった。
 メニューの中から八つの味が楽しめるという人気のピザ、『アサルトバスターストライクフリーダムゼロカスタム』をチョイスして注文すると、今日は混みあっているとのことで40分以上かかってしまうと言われてしまった。特に急ぐこともないので構わないと答え、注文終了。
 ピザが来るまでの時間、テレビでも見ながら過ごそうとリモコンを持ったその瞬間、経験したことのある違和感が第六感を刺激するのに気がついた。
 それが何であったか思い出す前に体が反応し、無意識のうちに色香の部屋があった箇所に目を向ける。
 予測は当たっていたようで、空間の歪みができていた。
「お姉ちゃん!?」
 真央は待ち人来ると言う感じで目を輝かせる。
「お、今回は早かったなー。ピザ、Lサイズにしておいて正解だね」
 対して翔太は極めてドライだった。なお、Lサイズは四、五人前なので正解とは言い難い。
 それでも翔太の言葉により、この歪みが姉の帰還を意味していることがわかった真央は、さらに目をキラキラと輝かせた。
 空間の歪みがゆっくりと収束していき、出門家に色香の部屋が戻ってきた。
「真央ちゃん!」
 そして、勢いよくドアが開かれる。そこには胸がぺったんこの色香の姿があった。
「お姉ちゃん!」
 喜び勇んで駆け寄る真央。しかし色香はばつが悪そうに俯いている。
「どうしたのお姉ちゃん?」
 何か言いにくそうにもじもじとしている色香。なお、翔太は我関せずとテレビを見始めている。
「……あの、あのね……わ、私……胸を元に戻そうと思うの」
 真央は心の中でガッツポーズをした。胸を元に戻すということは、秘薬を作ってくれるということだ。もしかしたら既に作ってあるのかもしれない。
 でも、それならなぜ申し訳なさそうなのだろう。
 色香はしばらく考えた後、覚悟を決めたのかグッと身体に力をいれる。
「ごめん、真央ちゃん!
 だから大きな胸は諦めて……」
 そして、頭を思い切り下げて謝罪。
「……へ?」
 しかしその謝罪は、ひどく検討ハズレなものだった。
「え、えーと……」
「真央ちゃんの胸をそのままに、私の胸も大きくする薬を作ろうと思ってたんだけど難しくて……。
 二人の胸を元に戻す秘薬しかできなくて……。ごめんね、この薬を飲んじゃうと、また真央ちゃん洗濯板に戻っちゃう……」
 真央が困惑していると、色香は勝手にまくしたてた。
「こんなまっ平らな胸嫌なんだよね? ごめんね……ごめんね真央ちゃん……」
 色香は現在の自分の胸に手を当てて、涙交じりの謝罪を続ける。しかし、これは明らかに真央の胸を馬鹿にしていることに変わりなかった。真央はヒクヒクと顔をひきつらせるが、色香に悪意が無いことはわかっている。
 湧き上がる怒りの抑え込み、ニッコリと微笑んでみせた。
「やっぱり歳相応の胸じゃないとおかしいよ。だから元に戻して?」
 歳相応の胸と言うのは「まっ平らでもこれから成長するんだヨ! ほっとケ!」というニュアンスが含まれているが、もちろん色香にそれを読み取る能力は無かった。
 ……なお、真央は母親である蓮子の胸は、成人女性としてはかなり薄かったりするが、可能性は無限だと信じている。
「真央ちゃん……ありがとう……ごめんね。じゃあ、これ飲んで……ね?」
 ピンク色と水色の小瓶を取り出して、水色の方を手渡す色香。受け取った真央は、昨晩の甘さを思い出す。またあの甘さを味わわなければいけないのかと思うと少しだけ躊躇ったが、背に腹は変えられなかった。
「あ、真央ちゃんのは甘くないから……」
 心を読まれたのかとビクリと反応してしまう真央だが、言い訳してもドツボにはまると思い、ありがとうとだけ告げる。そして、水色の小瓶の蓋を開けた。
「また『いっせいのーせっ』ね?」
「うん、じゃあいくよ」
「「いっせーのーせっ」」

 ぐびっ。

「ぐへあっ!」
 飲み干すと共に奇声を発してのたうちまわる真央。喉をかきむしり、涙を浮かべながら咳き込んでいる。
「ま、真央ちゃん」
「おでぇべぢゃん……ご、ごれ……がらずぎ」
 ガラガラ声での抗議は言葉になっていなかった。
 真央の抗議のとおり、水色の小瓶の中身は辛かった。どのくらい辛いかと言えば、せいぜい激辛カレーレベルなのだが、予想していた刺激とまったく別方向の刺激だったので、予想よりも遥かに大きな打撃を受けてしまったのだ。
「ご、ごめんね……。甘いのでダメだったから、辛い方がいいのかなって」
 0と1しかないのかとツッコミたくなったが、そんなことはすぐにどうでもよくなる。のたうちまわって随分動き回ったのにも関わらず、今日一日ずっとつきまとってきた「揺れ」が生じなかったからだ。
「も、元に戻ってる!」
 真央は軽くなった身体で小躍りを始めていた。なお、ブラジャーはつけたままだったので、服がダブダブになるようなことはない。
「でも昨日のは効果がでるまで時間がかかったのに、どうして?」
「うん、今回はキャンセルだからね」
 見れば色香の胸はかつての存在感を取り戻し、堂々とした膨らみを誇っていた。
「やっぱりお姉ちゃんは胸が大きいほうがいいよ」
 しみじみと思う。色香はこの胸があってこそ美人として完成されるのだ。
「……うん」
 真央に誉められた色香は、少しだけ顔を赤らめて頷く。
「やっぱり真央は胸が小さいほうがいいなっ!」
「デビルスウィィィィング!」
 忍び寄って後ろから胸に触ろうとした兄を一閃。兄はいつもどおり勢いよく飛んでいった。



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