魔王じゃないもんっ!
「第3話 巨乳じゃないもんっ!」

−13−

 午後の授業は平和そのものだった。
 自分を中心に巻き起こる騒動に心が休まることの無かった真央にも、やっと平穏が訪れる。
 すべてを懸けて挑んだ戦いに敗れ、すっかり士気の落ちた男子生徒たちに、もはや真央の胸をどうこうしようと言う気は起きなかった。携帯のメモリが今回と関係ないものも含め、根こそぎ削除されたことも大きな原因だ。なお、北野安吉は保健室で集中治療を受けている。
 そして午後の授業も終わり、下校時間となる。それは、真央にとっては開放の時間だった。帰宅中も人の視線は気になるが、おっぱいガーディアンが護ってくれるらしい。
 今日は全校で部活が休みとされている水曜日だということもあり、ひとみも蘭子も一緒に帰ってくれるようだ。
 家まで帰ればとりあえず一安心。あとは、姉が引きこもりから脱していて、治療薬を作ってくれていることを祈るばかりだった。
 そう思っていた。
 下校の挨拶が終わり、いざ帰ろうとしたところで、今回の騒動の発端と言うべき北野安吉が戻ってくる。彼は危険分子として扱われているため、おっぱいガーディアンは真央をかばうように取り囲んだ。 
 安吉は警戒する女子生徒たちに歩み寄る。
 ざわつく教室。高まる緊張感。数秒の静寂の後、安吉が動く。
「出門、すまなかった!」
 それは予想しえなかった大声での謝罪。
「あまりにも俺の理想に近いおっぱいに自分が抑えられなかった!」
 ざわつくおっぱいガーディアンたち。
 何を今更。
 そんなの理由にならない。
 今日で植え付けられた女子生徒の不信感は相当なもので、誰も安吉の謝罪を受け入れようとしない。
「昼休みは無理やり触ろうとして悪かった! この通りだ!」
 しかし、続く安吉の行為に、女子生徒たちのざわつきの雰囲気が変わる。
 膝をつき、頭を下げる。それは、日本で最も重い謝罪の姿勢である土下座だった。
 おっぱいガーディアンに囲まれている真央の視界には入っていないが、女子生徒たちがそっと教えてくれる。
「う、うん……。もうあんなことしないでね」
 謝罪を受け入れる言葉を告げる真央。安吉はそれをうけてうっすらと涙を浮かべ、ありがとうと呟く。そして、下げていた頭をそのままに言葉を続けた。
「出門! 俺は今までの行為を反省している。反省しつつも、どうしても抑えきれない想いがある!」
 頭を下げるだけにとどまらず、地面にこすり付ける安吉。
「触ろうとしたり、写真を撮ったりしないと約束する!
 だから……だから……。
 頼む!
 見ることだけは許してくれっ!!」

 ゴリゴリゴリゴリ!

 頭をこすり付ける擬音と、血を吐くような叫びに誰もが言葉を失っていた。
「病気でそうなっていることはわかってる!
 だけど! そんなおっぱいには、一生めぐりあえないかもしれない!
 そう思うと……俺は……俺はぁああああ!」
 内容的にはどうしようもない。しかし、それで済ませられない想いが込められていた。
 ふざけるなと一蹴することはできなかった。安吉の想いには、それだけの重みがあったのだ。
 教室の空気を振るわせた懇願の叫び、プライドのすべてを捨て去った屈辱のポーズとともに、決して誉められない欲望を口にする。それにはどれだけの勇気が必要だろう。
 誰も何も言えなくなっていた。
 再び訪れる静寂。安吉が床に頭をこすり付けたままで数分が経ったその時、意外な人物が意外なことを口にした。
「真央ちゃん。恥ずかしいかもしれないけど、見せてあげてくれないかしら」
 真央を取り囲む女子生徒の中で、頭ひとつ抜き出ているため、すぐに誰がそれを口にしたのかわかった。
 津田すず子だった。
 おっぱいガーディアンの代表者である彼女がなぜ?
 当然の疑問に答えるべく、すず子は自分のカバンからモバイルノートパソコンを取り出し、教室にあったプロジェクタに接続した。
「ひとみさん。悪いけど、電気を消してくれるかな?
 ……みんな、これを見て……」
 声とともにプロジェクタから写される映像に皆が注目する。
 そこには「デビルン共和国の奇病」という名のウェブサイトが映されていた。
「昼休み、気になって『突発性豊胸症』で検索をしたら出てきたサイトよ」
 南海の地図にも載らない小さな孤島、デビルン共和国について学者がまとめたサイトのようだった。
 全員の意識がその画面に向かう中、真央はあんぐりと口を広げていた。
 突発性豊胸症は翔太のでまかせである。実在しない病気なのだ。にもかかわらず、ウェブサイトが存在するのは……。
「この奇病はデビルン共和国でも珍しく、数十年に一人しか患わない病気らしいわ。
 でね、胸が大きくなるだけで実害も無いこの病気を、デビルン共和国では神が宿ったとして崇めるらしの」
 ソンナバカナ。
 しかし、そう思っているのは事実を知る真央だけであり、真央の胸が病気だと思っているクラスメイトはそうは思わなかった。
 すず子はノートパソコンを操作して画面を切り替える。すると今度は『突発性豊胸症』の女性を高台に祭り、崇める画像がアップになる。
 その画像は荒かったが、「儀式は国民のみ参加できる。望遠カメラが無かったため画像が乱れている」との注意書きがあったため、信憑性はあった。
「デビルン協和国の神である『ティブゥサ』の偶像は、牛の耳と尻尾のついた、とても胸の大きな女神らしいの。大きな胸は母性の象徴であり、命の恵みを源とされている。授乳を考えればその考えは外れていないわよね」
 ざわつき始める教室。それぞれが思い思いにすず子の言葉を受け止めている。
「だから、真央ちゃん。
 その大きな胸は恥ずかしがるようなものじゃないと思うの。それはとても神秘的な存在よ」
 突然真央に話が移り、同時にクラスメイトの視線も真央に集まる。
 おっぱいガーディアンはその任務を忘れており、真央の胸を男子生徒の視線から護るようなことはしなかった。
「北野君の言葉ではっきりわかった。真央さんの大きな胸は隠すようなものじゃない。敬い、尊むべき存在」
 どんどん話が妙な方向に進んでいくが、クラスメイトたちはすず子の言葉にしっかり耳を傾けている。唯一真央だけは、こんなことは嘘だとわかっているが、嘘がばれると胸がどうして膨らんだかを説明できないため、否定することができない。
「…………!」
 そこでこの怪しげなウェブサイトの正体が何か予想がついた。
 これは……翔太が即興で作成したサイトだ。
 そう思えば、「デビルン共和国」というなんともいかにもな名前も、なるほど合点がいく。
 つまり、この事態はあの兄の差し金。
 そんなことを考えているうちにもどんどん話は盛り上がっていく。真央はどうすることもできず、口からエクトプラズムを出しながら成り行きに任せるしかなかった。


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