魔王じゃないもんっ!
「第2話 魔界じゃないもんっ!」


−9−

 赤く染まる空に広がる薄い雲は紫色。その雲の上の、鳥も飛べないその高さに、翔太の姿があった。
 魔力により体を浮かせてはいるが、重力以外には逆らうことをせず、風に身を任せている。
 障気によりくすんだ色をした魔界の空に比べると美しいと言えるかもしれないが、様々な汚染物質が漂っていることを考えると、その美しさは見た目だけだ。

 大嫌い。

 好意とは真逆の嫌いと言う言葉に「大」をつけられた。

 絶交。

 交わりを絶つ意味を持つ言葉を叩きつけられた。

 わからない。

 あれは真央のためにしたことなのに。
 実行に移せない真央の代わりに報復を行った。誉められることはあっても、あんなこと言われるなんて思いもよらなかった。
 あまつさえ自分を傷つけた相手をかばい、優しい言葉をかけるなんて……。

 理解できない。

 合点のいかない出来事は翔太に苛立ちを呼び込む。
 いくら考えても納得いかない。
「理不尽だ」
 口から漏れる言葉は今の状況を表すのにぴったりだと思った。きっとこんなこと、魔界ではありえない。
 そう思った時、ここは人間界だということを思い出す。
 自分の行いは、人間界では許されないことなのかもしれない。
 しかし、それでも納得はいかなかった。
 魔界は退屈だった。
 刺激も無くただ流れて行く毎日。そのなかで、気まぐれに行く人間界は魔界には無い刺激があった。
 だから人間界に住むようアスラに言われた時は心が踊った。
 そして、期待以上にかわいい妹。
 味わったことのなかった上下の隔たりの無い関係。
 真央は自分にとって初めて手にした存在。
 それなのに、こんな理不尽な理由で嫌われるなんて許せない。
 最善だと思った行動をとっただけなのに。
 自分に非があるとはどうしても思えない。きっと人間界がおかしいのだ。
「そうか」
 目下に広がる人間界の町並み。
「この世界が狂っているんだ」
 憎悪を込めて睨みつける。
 翔太の目の赤さが色を増し、背から眩い光が放たれた。
 それは輝く翼。
 その姿は伝承にある天使のようだった。
 魔族の中でも最上位とされる飛天族の証し。翔太は最強の飛天族と名高かった母親の血を色濃く受け継いでいる。
 その力は、その気になれば人間界など一夜にして荒野にできる。
 ……こんな世界、壊してしまおう。
 人間界を荒野に変えれば、真央も魔界で住むことになるはずだ。そうすれば、こんな理不尽さに思い悩むことも無くなる。
 翼の輝きが増した。
「この島国は日本とか言ったな。
 手初めにここを、真央の町だけ残して焼き払うか」
 なんでもないことのように言い放ち、精神を統一すると、翼が肥大していく。翔太自身の大きさをはるかに超えて広がる翼は力の象徴。鳥もいないほどの高度にいても、地上から確認できるほど広がった翼が、翔太の言葉が冗談でないことを示唆している。
「消えろ」
 手をかざして狙いを定めると、光の粒が収束していく。しかしその光は、突然視界に入ってきた存在のせいで霧散してしまった。
 見まごうことのない巨体。飛行能力が無いはずのそれが目の前に現れただけで、翔太の気を散らすには充分なインパクトがある。
 おそらく彼は、脚力のみでここまで跳んだのだ。
「なにやっとるかバカモンッ!」
 そして、怒号と共に振り下ろされる拳。
 魔王の比類なき力に、翔太は地面まで超特急で叩き落された。




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