魔王じゃないもんっ!
「第2話 魔界じゃないもんっ!」


−10−

 家に帰った真央は、未だおさまらない憤りに任せて玉ねぎを刻んでいた。何度も何度も包丁で玉ねぎを叩き、まさに微塵とせん勢いだ。
 玉ねぎによるものか、それとも別の要因かはわからないが、その大きな瞳からはぽろぽろと涙が零れ続けている。
「ま、真央ちゃん」
 その様子を見ながら、おろおろとしていた色香が、おずおずと声をかける。
「なぁにっ!?」
 涙を溢れさせながら睨むその表情は、弱気な色香を黙らせるには充分な迫力があった。
 その勢いのまま、溶かしバターのなじんだフライパンに、微塵どころかペースト状態になった玉ねぎを叩き込む。
 充分温まったフライパンは、玉ねぎの水分を一気に蒸発させ、大きな音をさせた。
「……もしお姉ちゃんが、お兄ちゃんの魔力を感知できなかったらと思うと、おかしくなりそうだよっ」
 焦げ付かないように手早く木しゃもじを動かしながら、あの出来事を思い出して言う。
「あんなヒドイ人がお兄ちゃんなんて……」
「あの……あのね……真央ちゃん」
 誰に向けるでもなく悪態をつく真央に、色香はゆっくりと近づいて懸命に声をかける。
「なぁに!?」
 有無を言わさないような声色に怯むが、色香は意を決して言葉を続ける。
「お兄様は悪気があったわけじゃないの……」
「悪気がなくてあんなことをする方が性質が悪いよっ!」
 確かに常識で言えば真央の言うとおり。
「……人間界だとそうなのかもしれないけど、魔界では普通のことなの」
 しかし、それは人間界の常識である。
 色香に言われてハッとする。魔界という存在は最近知ったばかりで、そこがどういうところかまったく知らない。
「あの……あのね、魔界では大事な存在を傷つけられたら報復するのが普通なの。
 その報復で相手を苦しめれば苦しめるほど、傷つけられた存在を大事に想っている、なんてことも言われるわ」
「そ、そんなの……」
 そんなの知らない。
 そう言おうとしたが言えなかった。もしかすると、いや、きっと。翔太も知らなかったのだ。
「魔界での存在価値は力の大きさで決まるの。
 それが魔界の理。
 力がすべての世界において、力を示すことこそ想いの表現方法なの」
 鎮火していく憤り。でも、あれは許されるべきことじゃない。
「でも……、ここは魔界じゃないもん……人間界だもん……」
 大事に想っているからやったことだとしても。それが想いの強さに繋がることだとしても。
「……うん、そうね。
 でも、お兄様は魔界でも魔王様に次ぐ力の持ち主。自分の知るルール、決めたルールを曲げたりすることなく生きてきた。
 だから、真央ちゃんのお友達に報復をすることはお兄様にとっては善行で、それがヒドイことだと言われても納得できない」
 兄を憂いて遠くを見つめる。
「……そんなこと言われても」
 色香の言いたいことはわかったつもりだった。
「また友達を傷つけられるかもしれないと思ったら、お兄ちゃんを認められないよ。
 一緒になんて暮らせないよ」
 遅くなっていく木しゃもじの動きに、みるみる色を変えていく玉ねぎ。
 まばらに色づいてしまった玉ねぎに、真央の気持ちは沈んでいく一方だった。




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