魔王じゃないもんっ!
「第2話 魔界じゃないもんっ!」


−8−

 嫌な予感に導かれ、姉の手を引き家の外へ。そして色香に翔太を探るように頼む。
「……お兄様の魔力を感じる。詳しい場所も今ならわかる」
 色香は、少し精神統一するだけで、確信したように進むべき方向を指さした。
「ほ、ほんと?
 ……でも今ならってどういうこと?」
「お兄様は今、力を使ってる。
 察知しやすい……攻撃的な魔法」
 相変わらずポソポソ喋るので聞き取りづらいが、聞き逃せない単語がある。
「攻撃的な……魔法って……」
 もし嫌な予感が当たっていて、今、翔太と祐太郎が一緒にいたとしたら。色香の言う攻撃魔法の対象は?
「お姉ちゃん急ごう!」
「う、うん……」
 色香の手を引き走りだす。
「次のまがりかど、どっち?」
「み、右」
 そして真央は姉のナビゲートに従い、兄のもとへと急いだ。


「お兄ちゃんっ! 何やってるのっ!」
 町外れの廃工場に、乱暴に開け放たれたドアの音と、真央の声が響きわたる。
 経営が困難になり稼働されなくなったこの場所の回りに民家は無く、たまに街の子供たちが探険と称して遊びにくるぐらいで、人通りはほぼ無いと考えていい。
 そこに翔太はいた。
 悪い予感どおり祐太郎とともに。
 しかし、その光景は想像を上回るものだった。
 座り込んで必至に許しを乞う祐太郎。その前で見下すような視線を向ける翔太。
「どうしてここが?」
 翔太が抱いた一瞬の疑問も、後から姿を見せた色香によって解消する。
 真央は一度だけ翔太を睨みつけ、祐太郎に駆け寄った。
 祐太郎は顔を伏せて許しを乞うばかりで、こちらにはまだ気が付いていないようだ。
「祐太郎! ねぇ、大丈夫!?」
 恐怖に動けず、へたりこんでいる祐太郎の肩を掴んで声をかける。
 そこまでしてようやく真央の存在に気が付いたのか、焦点のあっていなかった祐太郎の目が真央を捉えた。
「で、出門……あ、あぁああぁぁ!」
 見知った顔、見知った声。
 恐怖から開放された祐太郎は、真央にすがりついて泣きじゃくる。
「大丈夫……もう大丈夫だよ」
 真央はそんな祐太郎をそっと抱きしめ、頭をなでた。
 真央の知る祐太郎は、人前では意地でも泣かないタイプである。それが人目をはばからずに泣いているのだから、相当怖い目に遭わされたことは容易に想像できた。
「オイ真央。そいつ失禁してるから汚いぞ」
 そんな二人にかける翔太の言葉。その優しさの欠片もない声色に真央の体が怒りの感情に満たされた。
「ユータローになんてことするのよっ!」
 祐太郎の排泄物で自分の服が汚れるのも構わず、しっかりと抱きしめたままで、翔太を睨みつける。
「……なんだよ真央。
 ボクは真央のためにやったんだぞ?
 そいつは真央を傷つけた。報いを受けるのは当然だ」
 しかし翔太は無感情に言い放つだけだ。
「だからってこんなヒドイこと……」
「力も無い知恵も下等なヤツが、ボクの大事なものを傷つけたんだから、このぐらいの仕置きは当然だ」
 信じられない。
 真央の記憶の中で、ここまでひどいことを言う人間は存在しなかった。
「ふざけないでっ! もうお兄ちゃんなんて大っ嫌い! 絶交だよっ!」
 真央の認識では翔太は絶対的な悪となっている。
 妹に憎悪と嫌悪の感情をぶつけられ、さすがの翔太も顔色を失った。
「……真央のためを思ってやったのに」
 そして、顔を伏せて呟くと、魔法で身体を浮かせ空へと消えていった。
「ごめん……ごめんね……ユータロー」
 去っていく兄を尻目に、いつまでも泣きつづける祐太郎をなだめ続ける。
「……真央ちゃん。魔王の杖」
 そこに控えめな色香の声。あまりにも衝撃的なことに存在を忘れてしまっていたが、今朝、アスラから授かった魔王の杖なら、祐太郎の恐怖を拭ってあげることができる。
「魔王の杖、ユータローのここでの出来事の記憶を消してあげて」
 真央は祐太郎を一刻も早く救うため、指輪を杖に変化させて指示を与えた。

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