魔王じゃないもんっ!
「第2話 魔界じゃないもんっ!」


−7−

 出門家最寄りの夕暮れ商店街。
 駅の方に行けばスーパーもデパートもあるためかつての賑わいは無いが、真央の住む光野町は下町だということもあって、町民が積極的に利用し、さびれる事なく運営されている。
 とは言え、若者の多くは手軽なスーパーやデパートを利用するので、商店街利用者の平均年齢は高めである。
 真央は若者と呼ぶには若すぎるが、数少ない若年層の商店街利用者の一人であった。これは母親の影響で、幼いころからここで一緒に買い物をすることが多かったためである。
「お、真央ちゃん。いらっしゃい。今日は何かな?」
 肉屋のショウウィンドウとにらめっこを始める真央に、肉屋の主人が厳つめの顔付きを目一杯崩して声をかける。
「カレー用の豚肉が欲しいんですけど」
「お、今日はカレーかぁ。
 真央ちゃん家のカレーはモモ肉だったね。どのくらいほしいんだい?いつものように特別おいしいところを用意してあげるからね」
「ほんと? いつもありがとう」
 毎日のように利用するのに加え、外見の可愛らしさと素直な性格が手伝い、真央は商店街の人気者だ。
「今日も言い笑顔だね〜。よし、コロッケもってきな。
 カレーにトッピングするといいよ」
「えぇ! いいんですか!?」
 特別扱い、おまけはもはや常識。さらにその様子を見た別の店が対抗意識を燃やして投げやりな値下げを敢行したりする。真央にとっては、スーパーよりも商店街の方が得をするし、こういうやりとりも好きだった。
 いい豚肉、さらにコロッケまでおまけしてもらった真央は、ホクホク顔で八百屋へと向かう。
「真央ちゃんいらっしゃい」
 木原青果店、ふくよかなおばさんが出迎えてくれるそこは、クラスメイトの家でもある。さきほど真央にちょっかいを出してきた木原祐太郎の家だ。
「玉ねぎください」
「はい。玉ねぎね」
 祐太郎の母親であるふくよかなおばさんは、玉ねぎを袋につめながらいつもと違う表情を見せていた。毎日のように通っているからこそ気がつく小さな変化だが。
「どうしたの? おばさん、何か心配事?」
 真央に言われてハッとする祐太郎の母。
「あら、真央ちゃん目聡いわネェ。
 いや、大したことじゃないんだけどね。今日は父親が配達の仕事だから、いつもなら祐太郎が手伝うために早く帰ってきてくれるんだけど、今日に限って帰ってこなくて」
 袋に入れてもらった玉ねぎを受け取る手がビクリと反応する。
「いやぁ、寄り道でもしてるんだとは思うんだけどね。真央ちゃん何か知らない?」
 言われてすぐに兄の冷たい表情がよぎった。
 でも、まさか。
「見かけたら、早く帰るように言っておきます。それじゃあまた」
 ぎこちない笑顔しか浮かばない。
「うん、頼んだわよー」
 祐太郎の母親の声に背中を押されるまま、足早に家へと向かった。疑惑をそのままにするほど気持ち悪いものはない。
 徒歩10分のところを7分ほどに短縮させる早足は、家にたどり着いたときには真央の息を乱れさせていた。
「た、ただいま。お兄ちゃん、いる!?」
 買い物袋をテーブルに置いて、兄の姿を探す。
「おかえり、真央ちゃん。お兄様ならいらっしゃらないけど……」
 真央の大きな声に驚いたのか、恐る恐る二階にある部屋のドアから顔を出す色香。
 まさか。
「お姉ちゃん! お兄ちゃんがどこに行ったかわからない?」
 息が切れているのにも関わらず、階段を駆け上がって色香との距離を詰める。
「え、えと……気配を探ればもしかしたらわかるかもしれないけど……」
「お願いっ!」
 まだ言い終わらないうちに勢い良く言う真央の言葉を、弱気な色香に断ることなどできなかった。


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