魔王じゃないもんっ!
「第2話 魔界じゃないもんっ!」


−6−

 登校と違って下校は一人。
 真央の通う光野学院小等部には部活動があり、友人は二人とも放課後は部活に精を出している。
 しかし真央は帰宅部だ。
 なお、ひとみは吹奏楽部。蘭子は陸上部。
 真央は帰宅部だが、まっすぐ家には帰らない。とはいっても遊んで帰るわけではなく、夕飯の材料を買って帰るのだ。
「えーと、じゃがいもとにんじんが残ってるから……」
 夕飯の献立の材料を思案しながら歩く真央。財布の中身と冷蔵庫の中身を思いながら、家とは逆方向の商店街へと向かっていた。
 玉ねぎと豚肉を買ってカレーにしようかと言う結論に至ったところで、不意な力により体が後ろに引っ張られる。
「……わ、わわわ!」
 真央は突然のことに対処ができず、尻餅をついてしまった。
「あはははは、こけたこけたー」
 それを見てからかう男子生徒。
「ゆ、ユータロー! いきなり何するのよーっ」
 彼は真央のクラスメイトである木原祐太郎。
 短く切りそろえられた髪。11月なのに未だ半ズボン。各所に見られる擦り傷。わんぱくさを体現したような元気一杯の少年だ。
「ボケッとしてるからだぜ、ウサギデコー」
「ウサギデコ言うなぁっ!」
 立ち上がり、お尻についてしまった汚れをはたきながら、祐太郎の悪口に抗議する。
 ちなみにウサギデコとは真央の蔑称。赤い目だから、ウサギ。そして、いつもおでこをだしているのでそれを足してウサギデコという訳だ。
 祐太郎は真央に対し、ことあるごとにちょっかいを出す。これは幼い男の子にありがちな愛情表現の一種であるが、ちょっかいを出されるほうはいい迷惑だ。
 本来ならここから口げんかが始まり、ユータローが言い負かされて捨て台詞を残して去っていく。
「うちの妹に何をしているんだい?」
 しかし、今日はそうはならなかった。
「……お兄ちゃん?」
 自分のことを妹と呼ぶのは翔太以外に考えられないし、間違いなく翔太の声だった。しかし、直感的に真央の知る翔太とは違うと感じた。
 朝、ひとみと蘭子の前で見せた爽やかさとも違う。
 冷たいオーラを放つ、その存在感。無表情だったが、それがまた恐怖を煽った。
「え……え?」
 それ以上に恐怖を感じていたのは祐太郎のほうである。突然現れた真央を妹と呼ぶ大人。それだけでも充分恐ろしいのに、その存在感が祐太郎の全身を震えあがらせた。
「君は真央のお友達かな?
 ……でも、お友達だったら真央を転ばせたり、怒らせるようなことを言ったりしないよね?」
 そして、明らかに敵意が自分に向いている。
 その迫力は今まで感じたどんなものにも勝っていた。
「ち、違うよ。ただふざけてただけだよ。ね、祐太郎?」
 その迫力に危険を感じた真央は、慌ててフォローに入る。
「な、なんだよ。おまえ兄ちゃんなんて、い、いたのかよ」
 真央の声により少し平常を取り戻した祐太郎は、必死で強がりを口にする。しかし膝は笑っており、チラチラと翔太を伺うその様子には同情を覚えた。
「うん。今まで外国に住んでたんだけど……」
「に、兄ちゃんの後ろに隠れるなんて卑怯だぞ このウサギデコー」
 真央の言葉を最後まで聞かずに走り出す祐太郎。その足取りは見ている方が不安になるほどおぼつかない。
「……ちょっと待ちなよ少年」
「お兄ちゃん! いいの!」
 兄が後を追おうするのを即座に止める。
「あ、ああいうのは相手にしないのが一番なんだよ?
 それにお兄ちゃんに相当怯えてたからもう充分だよ」
 真央は行かせまいと兄の腕をしっかりと掴んでいた。
「………………」
 翔太はそれを振り払うことはしなかったが、無言のままでいる。
「……お兄ちゃん?」
「真央がそういうなら放っておこうか」
 真央の言葉に賛同した翔太だが、その視線は祐太郎の走り去った方に向かったままだった。



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